―― 岡 田 自 観 師 の 論 文 集 ――

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ハワイ日刊新聞「ヘラルド紙」ヘの寄書

『栄光』88号、昭和26(1951)年1月24日発行

 今度、貴社社長代理牧野ジョセフ氏が日本へ来られ、世界救世教の話を本教幹部から聞かれたところ、是非教祖たる私に、何か書いて欲しいとの御頼みなので、一文をここにかく事にしたが将来ハワイの土地へも、本教教線が拡がる日の来るのは、大いに期待しているところであってみれば、まず最初の鍬(くわ)入れとしての意味でかくのである。
 本教は、昭和九年(一九三四年)発足したもので、御承知かも知れないが、当時の日本は、戦争準備として平和思想を嫌い、主なる新宗教を弾圧した事があったが、本教もその捲添えを喰って、一時裏面的宗教運動をするの止むなきに至ったのである。ところが終戦後信教自由となったので、一九四七年宗教法人として再発足したもので、それが四年前で、それまで微々たる存在であったのが、僅か四年間で前例のない程の急速の発達を遂げ、現在三十万以上の信徒を擁するに到った。それがため始終新聞雑誌にデマをかかれたり、パリサイ人等の執拗な妨害などあったりして、絶えず当局の無理解な弾圧を受けているのである。これも新宗教には昔からの付物で、止むを得ないと言えばいえよう。しかしそのような妨害があっても、本教自体は微動だもせず、堅実に発展の一路を辿(たど)りつつある。
 そもそも、本教のモットーとするところは、病貧争絶無の世界、すなわち地上天国を作るにあって、彼の基督(キリスト)の予言である「天国は近づけり」という事も、釈尊のいわゆる仏滅後ミロクの世が来るという事の両聖者の言は、天国もミロクの世も御自身が造ると言われたのではなかった、しかし私は私自身天国を造ると宣言するのである。いわば右の二大予言を私によって実現される訳である。こんな大きな事を言うとしたら、万一実現されない暁、私は大山師か、誇大妄想狂となり世を欺瞞する怪しからん人間として、社会から葬り去られるに違いあるまい。
 ところが、その可能を絶対確信している私は今現に着々実行しつつ素晴しい成績否奇蹟を表わしつつある。医学で治らない、医師から死の宣告を受けた病人を、私の弟子が薬も機械も使わずに全治さしている。私の弟子はキリストが顕わしたと同様の奇蹟を、日々各地において無数に表わしつつあるのである。以上のごとく本教信者になれば病なき人間となり、病気の心配はなくなるばかりか、人の病気も治せる力の持主になる。また結核も伝染病も感染しないばかりか万一感染しても雑作なく治してしまう、だから黴菌など全然問題とはならない。ゆえにこの事が判ったとしたら、病なき世界の実現は何人といえども疑い得ないであろう。
 従って、人間に病がなくなり健康で働けるとしたら、貧乏人など生まれるはずはない。恒産あれば恒心ありのたとえの通り、人の物を盗んだり、人を騙したりするような、サモシイ了見はなくなるに決っている。まして神を信ずるとしたら、何よりも悪人が段々減るのはもちろんである。
 ここで、最も重大な事をかいてみるが、現在全人類の一番悩みとされているのは、病の外には何といっても戦争であろう。御承知の通り今まさに第三次大戦が起らんとして、各民族は戦々兢々としている。昔から現在まで、人間の一番恐れているものは戦争であろう。しかしそれがいつまで経っても無くならないのみか、文化の発達と相まって、その規模も益々世界的に大きくなって来た。そうして今までとても戦争が終るや、その惨禍に懲り懲りした人間は、色々な平和機関を作り、戦争防止に最大限に努力するにかかわらず、事実は逆に平和を破るところの戦争製造者が出てくるという、まことに理屈に合わないのが現実である。
 ところが、右の逆理は世界中誰も気が付かないのであるから問題だ。しかし私はその根本原因を神から知らされたのである。もちろん、到底人智では判りようがないもので、どうしても人智を超越したところの、神智でなくては判りようがないのはもちろんである。そうして神とは最高神すなわちエホバである。としたら戦争絶滅はあえて難しい事ではなく、絶対可能なのである。私はこのような破天荒な啓示を受けると共に、それを実現し得る力も与えられたのである。全く大いなる時が来たのであって、世界はいよいよ天国実現の段階となった事は一点の疑いない事実である。といっても私はいまだ救世主とは名乗らない、ただ救世的力の発揮をしつつある現在である。
 なるほど、世界三大聖者としてキリストも、釈迦も、マホメットも、その業績の跡をみれば人類救済に対し、いかに高く評価してもよい程のものである。これによって長年月に渉(わた)り、人類の不幸はいかに軽減されたか分らない程である。しかしそれは地上天国出現の時までの、言わば繋ぎ的の救いに外ならない。しかるいわゆるにいよいよ時到って、人類は永遠に救われ平和歓喜の世界、いわゆる地上天国出現となったのである。また世界的文化の大転換とも言える。
 これを一層判り易く言えば、真善美完(まった)き理想世界が今や呱々(ここ)の声を挙げんとしているのである。それについては一度は地球上の大掃除が行われなければならない。そうして天国建設となるのである。いわゆる破壊と創造が如実に行われるのである。この破壊をキリストは世の終りといい、釈尊は仏滅と言われた。この時メシヤ降臨されるといい、ミロク下生ともいわれた、とすれば右のごとき大破壊が、第三次戦争でなくて何であろう。しかしこれらのすべては非常に神秘であって、経綸上いまだ軽々に言明する事は出来ないのが遣憾である。
 以上、概略記述したが、その奥義を知りたいとしたら、本教の信者となり深く研鑚される事である。それによって世界の将来も予想がつき、大安心を得ると共に、病貧争の悩みも解消し、来るべき地上天国に生き残って、その住人たり得る資格者となるのである。

(注)
パリサイ人(びと)
 ユダヤ教ファリサイ派といわれる。キリストを敵視し迫害の主動的役割を果たした。