―― 岡 田 自 観 師 の 論 文 集 ――

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インテリの不具者

『栄光』128号、昭和26(1951)年10月31日発行

 これはいささか言い難い話だが、現在のインテリゲンチャは、一種の不具者と私は思っている。いうまでもなく、信者は知っているであろうから、ここでは未信者を相手としてかいてみるが、現在のインテリ階級の思想を検討してみると、唯物神の信者である事は言うまでもない。そこで、この神様の外に、それ以上の素晴しい神様の在(おわ)す事を全然信じようとしないのである。だから現在のインテリは、いわゆる片眼と言ってもいいので、立派な不具者であると思う。
 ところがこの不具者が、社会の指導的役割をしているのだから、社会は良くなるはずはない。というのは、指導される連中も、先達が片眼だから、自分達も片目でなけりゃ駄目だと思って、ことごとく片目になってしまっている。つまり片眼が本当の人間と錯覚してしまうからである。そんな訳で、たまたま両眼揃った人間をみても、彼らは目は一つでいいものを、二つあるとは片輪者だとして、可哀想くらいに思い嘲笑(あざわら)うのだから何と間違いもはなはだしいではないか。
 そこで吾々は、この悪い方の片目を治してやり、両眼揃った満足な人間にしてやるのだから大した救いである。つまり、不具者の作った文化であるから、文化も不具になっている訳だから碌(ろく)でもない世の中は当り前だ。従って、まず自分は不具者であるを気付かせ、それを治して満足な人間にしてやり、本当の文化世界を教えたいのである。としたら我メシヤ教は、ツマリ眼科の大病院であるから、片輪が嫌いな人は、ドシドシ治しに来給えと勧めるのである。すなわちこの文は眼科病院の広告と思えばいい。