―― 岡 田 自 観 師 の 論 文 集 ――

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自然農法の驚異

『栄光』163号、昭和27(1952)年7月2日発行

 自然農法の成績報告は、その後ボツボツ集まったので、この前程全面的ではないが、纏まっただけをもって再び特輯(とくしゅう)号を作ることにしたので、もちろんそのことごとくが実行者自身の手になったものであるから、絶対的信を措いて差支えないのである。これについて思い出されるのは、本年二月の自然栽培特輯号を出した時は、国務大臣、両院議員、新聞社を始め、全国の農事関係方面へ一万数千部を配布したので、相当の反響があるだろうと期待していたが、なるほど少しは問合せ等、幾何(いくばく)かの反響はあるにはあったが、仲々目が覚めないと見え、農村は相変らず人肥、金肥に受身をやつしている始末である。とはいうものの、何しろ長い間の根強い肥料迷信に罹っている以上、早急に転換する事は困難であるから、吾々の努力も並大抵ではないのである、とは思うものの、多くの人の中にはともかく試験的に行ってみるくらいの人は相当あるであろう事も想像されるのである。
 そうして今回の報告中、下に掲げた成績のごときは、実に驚異的で、これを読んだならいかに疑い深い人でも、実行せずにはおれないと思うのである。としたら現在国家の最大の悩みである主食問題が、肥料代も要らず、手数も省け、病虫害からも解放されるとしたら、恐らくこれ程素晴しい福音はないであろうから、一日も早く実行に移らん事を痛切に勧める次第である。言うまでもなく、当局者を始め農業に関係ある限りの諸君に云いたいのは、一切の既成観念から脱却し、断乎として、一日も早く我自然農法を採用されん事を、重ねて勧告するのである。


自然農法の原爆的勝利
 量質共に最優秀
   島根県出雲市大津町 隆光中教会

   おわび

 御報告がまことにおそくなり深くおわび申し上げます。
 自然農法米に非常な御神徳を頂き、量においても質においても左のごとく共進会にて最優秀の好成果でありましたので、賞状の写し〔略〕を添え御報告申し上げます。
 渡部氏の中生旭は三年目布野氏のは初年目で御座います。
 右の渡部氏布野氏のすばらしい成績に驚いた村の人々は、それぞれに「お前さん方はどこで、あんないい米を作りなはったか?」としきりに聞いた由。
 そこで実施者の方々は、「しれた事よ! 田圃の中よ! しかしお前みたいに肥料という毒はやらなかったからなァ」と大いばりにいばってやったという後日談があります。なおその影響か同地方には今年度よりの実施者も増えつつあります。

  ▽ 多収穫一等 U・Y
 明主様この度は私方の自然農法米が六力町村多収穫共進会に一等入賞という大変な御守護を頂き厚く御礼申し上げます。 私事入信以来度々会長先生より自然農法のお話を承りまして遂に心動かされ、全耕地の一町五反歩の内一町歩、無肥料にて実施致したので御座います。私は出東村にて段当最高の供米を多年引き受けて供米致しているものですから、万一減収致しては……と専ら田圃の御浄霊に励みまして、明主様の御守護を念じつつやらして頂いたので御座います。
 これより上記の米に関し御報告さして頂きます。まず種子を四月十日に出し、大光明如来様の御神前に御供えし御浄霊を数十回致しまして四月三十日に畑の床面を三回御浄霊し、その上に種子を播き、なお御浄霊を三回致しました。苗床にての御浄霊三十回、五十日間苗代に置き六月二十日に田植を致しました。一本植にしましたが、苗床にて分蘖五、六本になっておりました。藁は春になって四百把入れ、中耕二回除草二回、御浄霊は本田にて三十日その間集団浄霊二回して頂きました。七月二十日頃には一株三十本位には分蘖しておりました。昨年十月三十日の事でありましたが、出東村農業協同組合の委員、直江穀物検査所の委員、出東村役場の人と外に一名都合四人が突然訪ねて来られ「植田義夫さん今日は多収穫共進会に出品して頂きたいのでお宅の稲を刈らしてくれ」との事私は固より大喜びです。自然農法の田圃を先方から出品せよと言って来てくれた事ですし、本教を正しく認識させる上におても何よりと思いましたので、快よく承諾致しました。委員等はやがて刈って帰りましたがその時四石以上はあると申しておりました。私はその結果の報告を毎日毎日待っておりましたところ、十二月に入ってから「お宅のは四石三斗七勺あり、六力町村にて第一等です。しかも二等との差が九升も開いており二等三等四等の差は、僅か一升ずつ位の隔りしかない。実にお宅のは素晴しいですネ」と言われた時の嬉しさは、未だに忘れる事が出来ません。いずれ賞状授与式もあるとの事、その日を楽しみに待っておりましたところ、本年二月二十八日に挙行され、写しのごとき賞状と金一封も頂戴致し、村の人達からは英雄のごとく見られ、この日の嬉しさは忘れる事が出来ません。と同時にかくのごとくなりましたのもひとえに明主様の御教えと御力徳のしからしむるところと、家内一同又更めて御神前に額突いた次第でありました。
 なお受賞に当りまして私は自然農法にてこの成績の得られた事をありのままにお話しましたところ、役員始め参会者一同も非常に感銘を受けられたもののごとく、二十七年度は是非日本全国の多収穫共進会に出すよう一層頑張って貰いたいと激励の言葉さえ頂き、益々御神徳に与り、今年はいよいよ大馬力をかけようと、もう藁も一二分位に切り、田圃に入れ、大増産を期している次第で御座います。遥かより御礼を申し上げさして頂きます。


自然栽培三年数々の御守護を戴いて
   岡山県
     陽光中教会 S・T

 明主様日々の御守護を有り難う御座居ます。私は昭和二十二年に入信致し、爾来歓びの日を迎えさせて戴いている者で御座居ますが、この度自然栽培、その他の御守護の御礼かたがた御報告させて戴きたいと存じます。
 二十三年の秋に先生より自然農法の御話を伺い、これは一日も早く切替えさせて戴かなくてはと、早速麦作より全耕作(六反五畝歩)にわたって実行させて戴きました。それ迄は全然堆肥を用いず金肥のみ多量に用いておりましたので、土を硬くし、地力を弱らせてしまっておりましたが「堆肥を入れて軟くしなくては」との御教を戴いて穫れた藁全部を中耕の際に刻み込みました。初めのうちは分蘖も大変よろしゅう御座居ましたが、四月に入りまして次第に色が薄黄色となり人目にたつようになりました。当時岡山県の大農村にただ一人実行させて戴きましたこととて、村内は勿論近くの村々の人達から悪口を言われうるさく噂された事で御座居ました。収穫は反当二俵半にて、供出関係をとても心配致しておりましたが、協力して下さる人も出て参り補正割当を戴いて無事完了させて戴きました。神様の仰言るままにさせて戴けば必ず良いようにして戴けますことをつくづく感じ、嬉しさがこみ上げて来るのを禁じ得ませんでした。

   量のみでなく味迄違うこの御利益

 次に稲作第一年目は、小さい苗を一本植に致しましたので初めのうちは水ばかり在るように見えて、苗が植えてあるのか無いのか解らない有様で御座居ましたが次第に色が出て参り、八月中旬頃には近隣の稲と余り変らなくなり、いざ収穫の折には他家並で無事供出も完了致しました。二年目は近所よりも半俵程多く収穫させて戴き、三年目の昨年は、随分浄化が激しくて近隣の稲にはズイ虫、ウンカが発生してシイナが多く収穫も四俵より五俵半程で御座居ましたが、私宅のはズイ虫の稲など一本もなくウンカも見当らず、六俵五升程収穫させて戴きました。粉米など二升程出来ただけで御座居ました。
 麦作二年目三年目の成績は余り芳ばしくありませんでしたが、折柄明主様より「二毛作では自然農法にならない」との御教を戴き、本年からは早速麦作を止めて米作一本に切替えさせて戴いております。年毎に収穫が待たれるように思えて楽しゅう御座居ますが、この楽しみは口で何と申してよろしいやら到底言葉に尽せるものでは御座居ません。肥料代は一切不要で、そして美味しい御飯が戴けましてこんなに有難いことは御座居ません。草も余り生えませんので除草など布教の暇々にさして戴く程度で御座居ます。御浄霊は家族四人で毎晩三十分位さして戴いて参っております。

   害虫の邪魔もなんのその

 お野菜は今年で五年目で御座居ますが、大根等は軟くてお美味しく、お葱等も甘くてとてもお美味しゅう御座居ます。近所から戴きました葱などはニガ味がありまして子供が戴きませず、肥毒の恐ろしさをつくづく感じさせて戴いております。三度三度の食事の際には、常に家族一同明主様に感謝申し上げつつ頂戴致し、病気の方も入信前までは病人の絶え間がない有様で、不安な毎日が続いておりましたが入信後は今日に到ります迄大した浄化もなく一同元気に暮させて戴いております。
 入信前と今と比べますと精神的にも肉体的にも天地の差が御座居ます。こうした大きな御守護を頂戴しながら充分お尽し出来ないのが申訳なく残念で御座居ます。何卒この上は一人でも多くの人様をお導きさせて戴けますようお願い申し上げます。いろいろと有難う御座居ました。謹んで御守護の御礼を申し上げます。