1932

    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
とのすきを もるさむぞらにすこしやぶれし しょうじのかみのおりおりなれるも
戸の隙を もる寒風に少し破れし 障子の紙のをりをり鳴れるも
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
ふみをよみつ ひおけにそいぬせすじより みずあびるごとしよはふけにける
書を読みつ 火桶に添ひぬ背すぢより 水浴びる如し夜は更けにける
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
ひゅうひゅうと でんせんなくがにこがらしの ふきつのれどもへやあたたかし
ひうひうと 電線泣くがに木枯の 吹きつのれども部屋あたたかし
   「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
いてしみち かたくくつおとたからかに ひびかいつきのちまたはつめたし
凍し路 かたく靴音高らかに ひびかひ月の巷は冷たし 
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
でんせんに しもこおりつききらきらと つきにひかれりひとあしたえぬ
電線に 霜凍りつききらきらと 月に光れり人足絶えぬ
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
なかなかに もえぬすみびにてはひえぬ ふるるひさしきせとひばちかな
なかなかに 燃えぬ炭火に手は冷えぬ 触るる久しき瀬戸火鉢かな
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
しんしんと よはふけにけりわれひとり のこりてつめたくことをなしおり
しんしんと 夜は更けにけり吾ひとり 残りて冷たく事をなし居り
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
げたのおと みみだつよなりひねもすの こがらしやみてそとのしずけさ
下駄の音 耳だつ夜なりひねもすの 木枯止みて外の静けさ
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
うずみびを はさみてはおきはさみては おきつつしばしおもいにふける
埋み火を はさみては置きはさみては 置きつつしばし思ひにふける
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    寒 夜
しずかよの きわまりけるもこのよふけ そとはゆきにとなりたるらしき
静か夜の きはまりけるも此夜更け 外は雪にとなりたるらしき
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暮近し
しわすとう おもいまつわりことごとに あわきふためきありにけるかな
師走とふ 思ひまつはり事々に 淡きふためきありにけるかな
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暮近し
みじかびの そらをあおぎてふとわれの いまをゆとりにほほえみてけり
短か日の 空を仰ぎてふと吾の 今をゆとりにほほゑみてけり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暮近し
そこはかと きょうもくれけりあすもまた きょうをおうかとこころにおもいぬ
そこはかと 今日も暮れけり明日もまた 今日を追ふかと心に思ひぬ
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暮近し
うないごを だきてやりたくおもいつつ いくひたちしよきょうもくれけり
うなゐ児を 抱きてやりたく思ひつつ 幾日経しよ今日も暮れけり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暮近し
ひさびさに にわもにたてばしもにくちし おちばさにてつちむさくろし
久々に 庭面に立てば霜に朽ちし 落葉沢にて土むさくろし
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暁の鶏声
うすやみの ほがらほがらとあかるみつ かけなくこえのはるかなりけり
うす闇の ほがらほがらと明るみつ 家鶏鳴く声のはるかなりけり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暁の鶏声
にさんけん のうむのなかのわらやより こもごもひびかうにわとりのこえ
二三軒 濃霧の中の藁家より 交々ひびかふ鶏の声
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暁の鶏声
ほがらかに にわとりないてやまあいの そらのすそへはあかねほのめく
ほがらかに 鶏鳴いて山間の 空の裾へは茜ほのめく
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暁の鶏声
みやしろの とうみょうきりのおくにみえ とおなくとりのこえのきこゆる
神社の 灯明霧の奥に見え 遠鳴く鶏の声のきこゆる
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    暁の鶏声
しずかなる あさけふるわせにわとりの けたたましくもひとこえなきぬ
静なる 朝けふるはせ鶏の けたたましくも一声鳴きぬ
   「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
もうもうと こなゆきこめてふりきゆる かわものあおさめにながめつつ
濛々と 粉雪こめて降り消ゆる 川面の青さ眼に眺めつつ
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
やぶかげに のこんのゆきのまだらにて ゆうやみのなかにあかるさのこせり
薮かげに 残んの雪のまだらにて 夕闇の中に明るさ残せり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
ふくかぜに ふるゆきくるいまいつして にわのときわぎみだれたりけり
吹く風に 降る雪くるひ舞ひつして 庭の常磐木乱れたりけり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
あたたかき へやにあんきょしふとみたる そうがいをゆくひじゃのめのあり
暖かき 部屋に安居しふと見たる 窓外をゆく緋蛇の目のあり
   「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
あさまだき みちしらゆきのつもるうえ こいぬいっぴきひたはしりゆく
朝まだき 路白雪のつもる上 小犬一疋ひた走り行く 
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
くもひくう たれしこのゆうえきにいけば やねにゆきあるきしゃいりきたれり
雲低う たれし此夕駅に行けば 屋根に雪ある汽車入り来れり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
まんねんの ゆきいわひだにしろじろと あるぷすれんざんなつびにかがよう
万年の 雪岩襞に白々と アルプス連山夏陽にかがよふ
   「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
ようやくに それとしるのみごみばこの へいよりかけてゆきにうずもる
やうやくに それと知るのみ塵箱の 塀よりかけて雪に埋もる
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
ごみばこの ゆきにうずもるえにえさを あさるらしもよこすずめいちわの
塵箱の 雪に埋もる上に餌を あさるらしもよ小雀一羽の
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
いちじんの かぜふきあたりおいまつの えだふるわせぬゆきこなとちれり
一陣の 風吹き当り老松の 枝ふるはせぬ雪粉と散れり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
でんちゅうの かたがわかくせししらゆきの ひにとけなかばもじのいでけり
電柱の 片側かくせし白雪の 陽に解け半ば文字の出でけり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
はいいろの てんをみあげつひひとして ふるゆきうつろにながめていたり
灰色の 天を見上げつ霏々として 降る雪うつろに眺めて居たり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
ふんわりと かれきのえだにはるのゆき つもりてしたしゆうべしずかよ
ふんはりと 枯木の枝に春の雪 つもりてしたし夕べ静かよ
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
あわゆきの ふるまにとけてかさこそと にわしばにつゆのたまたれており
淡雪の ふる間にとけてかさこそと 庭芝に露の玉垂れて居り

    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪 詠草
ふるゆきの なかのちまたのゆうまぐれ まちあかりのしたくろきひとかげ
降る雪の 中の巷の夕まぐれ 街灯の下黒き人影
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼
ちかけんか いずれにしてもよのれべるに のらざるすがたかれにみるなり
痴か賢か 何れにしても世のレベルに 乗らざる姿彼に見るなり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼
ほうとうくめん へいぜんとしてわかきめに ちかづくかれのよこがおをみる
蓬頭垢面 平然として若き女に 近づく彼の横顔を見る
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼
おろかなる ぜんめんをもつかれにして ほのてんさいのひらめきがあり
愚なる 全面を有つ彼にして ほの天才の閃めきがあり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼
かいきなる かおつきなれどこわるるまま ひとたびうたえばたまのこえなる
怪奇なる 顔貌なれど乞はるるまま ひとたび唄へば玉の声鳴る
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼
つまあれど つまとはなれていぶかしも ふみもてこいをかよわすかれなり
妻あれど 妻と離れていぶかしも 文もて恋を通はす彼なり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
おものしろう わかきにおいのゆたかにて わがしんぞうをゆするべらなり
面の白う 若き匂ひの豊にて 吾が心臓をゆするべらなり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
わかきかの みなぎるほおよなやましさに めをとじわれはといきつきけり
若き香の みなぎる頬よなやましさに 眼をとぢ吾は吐息つきけり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
あでやかな よそおいこらしわがまえに かのじょはありぬまばゆかりける
あでやかな 粧ひこらしわが前に 彼女はありぬまばゆかりける
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
なよやかな すがたにりんとしらうめの におうがにみゆかのじょなりけり
なよやかな 姿に凛と白梅の 匂ふがに見ゆ彼女なりけり
   「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
あきのよの ほしともみえぬそのひとみ わがめのそこにきえやらぬかな
秋の夜の 星とも見えぬ其瞳 わが眼の底に消えやらぬかな 
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
わがおもい かよえばはずかしかよわねば うれたきことよいかにしてよき
わが思ひ 通へばはづかし通はねば 憂れたき事よ如何にしてよき
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
うるわしき きみがすがたにしのぶるは てんごくみそのにまうめがみなり
美しき きみが姿に偲ぶるは 天国御園に舞ふ女神なり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
しんぞうの ときめきなれにさとられじと そばちかづくをおそるるわれなり
心臓の ときめき汝に覚られじと 傍近づくを恐るる吾なり
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
いまをこそ ほしのひとみをみんとすれど わがめはたたみのうえにうつれる
今をこそ 星の瞳を見んとすれど わが眼は畳の上にうつれる
    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    彼 女
やえざくら やよいのそらをいろどれる きみがすがたにたとえてもみし
八重桜 弥生の空を彩れる きみが姿にたとへても見し
瑞光和歌第5回  

    「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    初 春
ちをつつむ そらのひかりもあらたにて ことしちょうものあるるこのひよ
地をつつむ 空の光も新たにて 今年てふもの生るる此日よ
瑞光歌会第8回 昭和6年12月16日 
   「瑞光」 2-1 S 7. 1. 1    雪
かれきりし えだふゆさればむつのはな さくひとときのながめありけり
枯れきりし 枝冬されば六つの花 咲くひとときの眺めありけり
 昭和7年1月集   
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
ふゆながら こはるびよりのひにはえて いちょうにのこるきばのかがよう
冬ながら 小春日和の陽に映えて 公孫樹に残る黄葉のかがよふ
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
すずかけの おちばのさわにはいいろの ほそうろのうえをかぜにまいおり
篠懸の 落葉の沢に灰色の 舗装路の上を風に舞ひ居り
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
まつまでが ちからなげなるいろにして ほりかきしばもいろうつりけり
松までが 力なげなる色にして 濠垣芝も色うつりけり
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
かぜふけば かれきばやしのひらひらと おとたてさびしさますばかりなり
風吹けば 枯木林のひらひらと 音たて淋しさ増すばかりなり
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
あれはてて みるにものなきかれのはら つくばおろしのきょうもふきすぐ
荒れはてて 見るに物なき枯野原 筑波おろしの今日もふきすぐ
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
やまはだも あらわにうごくおおぞらの いろのみあおくなめらかなるかな 
山肌も あらはにうごく大空の 色のみ青くなめらかなるかな
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
たもはたも こうりょうとしてひとけなく ふゆびのなかにからすゆるげる
田も畑も 荒涼として人気なく 冬陽の中に烏ゆるげる
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
ゆうがらす なくこえさえてふゆがれの もりのしずけさやぶるひととき
夕鴉 啼く声さえて冬枯の 杜の静けさやぶるひととき
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
つきぞらに さえてぞうきのかれえだの さむざむとしてしろくさしかう
月空に 冴えて雑木の枯枝の 寒ざむとして白くさし交ふ
    「明光」65号 S 7. 1. 1    冬 枯
かれすすき つきにさゆれてあおじろき ひかりはのづらにあわくただよう
枯芒 月にさゆれて青白き 光りは野面に淡くただよふ
明光本社第59回月並和歌 昭和6年12月6日

    「明光」65号 S 7. 1. 1    露
しみいでし いろともみゆれあさがおの はなむらさきのうえにおくつゆ
滲みいでし 色とも見ゆれ朝顔の 花むらさきの上におく露
    「明光」65号 S 7. 1. 1    露
ひいやりと あしをなめるぶきみさ つとふみいったつゆのくさむら
ひいやりと 足を舐める無気味さ つと踏み入つた露の草むら
    「明光」65号 S 7. 1. 1    露
しっとりと そのはもくしてあかつきの きぎのはうへにつゆのたまれる
しっとりと 園は黙して暁の 木木の葉上に露のたまれる
    「明光」65号 S 7. 1. 1    露
めでにつつ つきにさすらいつゆじめり しるかりければきびすかえせり
めでにつつ 月にさすらひ露じめり しるかりければ踵かへせり
    「明光」65号 S 7. 1. 1    露
あさぞらを くぎるでんせんいくすじに つゆしたたりてしろくふるえる
朝空を くぎる電線いくすぢに 露したたりて白くふるへる
明光本社第59回月並和歌 昭和6年12月7日
    「明光」65号 S 7. 1. 1    雑 詠
けいりゅうも ひまつもくれないこけむせる いわよりほかはもみじなりけり
渓流も 飛沫もくれなゐ苔むせる 岩より外は紅葉なりけり
    「明光」65号 S 7. 1. 1    雑 詠
まだあけぬ ひとときもりのしずけさを さぎりにゆれぬかささぎのこえ
まだ明けぬ ひととき杜の静けさを さ霧にゆれぬ鵲の声
    「明光」65号 S 7. 1. 1    雑 詠
うすらうすら ゆうぎりあくるけはいにて つきはかわもにゆれそめにけり
うすらうすら 夕霧明くる気はひにて 月は川面にゆれ初めにけり
    「明光」65号 S 7. 1. 1    雑 詠
ゆうのひは もみじにわしてみるかぎり たにまはあかくけむらいており
夕の陽は 紅葉に和して見るかぎり 渓間は赤くけむらひて居り
    「明光」65号 S 7. 1. 1    雑 詠
ひとむらを うすむらさきのいろにうめ もやはゆうべのやまによするも
ひと村を うす紫の色に埋め 靄は夕べの山によするも
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
ねむたげな はるのうなもよなみのねの あるかなきかにきしをうつかな
ねむたげな 春の海面よ波の音の あるかなきかに岸をうつかな
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
わたしもり ふねにうごかずしんめする やなぎのえだのみずにうつれり
渡し守 舟にうごかず新芽する 柳の枝の水にうつれり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
たかくひくく かすみをぬいつわたりどり いなずまなしてつらなりてゆく
高く低く 霞を縫ひつ渡り鳥 いなづまなして連なりてゆく
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
なごやかな ひいろながるるあおのはら ひつじのおらばとふとおもいけり
なごやかな 陽色流るる青野原 羊のをらばとふと思ひけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
ちょうのかげ あおくさすべりそらうつる おがわをよぎりきえさりにけり
蝶の影 青草すべり空うつる 小川をよぎり消えさりにけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
はるさめは やなぎにけぶりおともなく かわのながれのゆるくもあるかな
春雨は 柳にけぶり音もなく 川の流れのゆるくもあるかな
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
みなぎらう はるびのなかのふすうしの つのにまつわるこちょうひとつの
みなぎらふ 春陽の中や臥す牛の 角にまつはる小蝶一つの
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
つややかな あおばのこしてまあかなる つばきのはなはおおかたちりけり
つややかな 青葉のこして真紅なる 椿の花は大方ちりけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春
ゆずりはの はうらくっきりつくばいの みずにうつりてひはまだたかし
ゆづり葉の 裏葉くつきりつくばひの 水にうつりて日はまだ高し

    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    陽 炎
かげろうを でいりつわたるちょうちょうの ゆくえをみつめくさにわがおり
陽炎を 出入りつわたる蝶々の ゆくへをみつめ草にわがをり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    陽 炎
ゆきげする のやうらうらとかげろうの ゆらめきせわしひはのぼりけり
雪解する 野やうらうらと陽炎の ゆらめきせはし陽は昇りけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    陽 炎
かぎろいの なかをわがふむやわぐさに おのずからわくおどりごころの
かぎろひの 中をわがふむやは草に おのづから湧く踊り心の
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    陽 炎
かげろうの ゆらぎのすえにやまもさとも かすみかかりてただしずかなり
陽炎の ゆらぎの末に山も里も 霞かかりてただ静なり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    陽 炎
むららしき さまあおむぎのほなむうえ たつかげろうのなかにゆらげる
村らしき 様青麦の穂なむ上 たつ陽炎の中にゆらげる
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    雪晴れ
ふうわりとこぼれそうなえだのゆき、あかつきばれのそらにういてる
ふうはりとこぼれさうな枝の雪、暁霽れの空に浮いてる
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    雪晴れ
しろいびりゅうのひとつひとつがきらきらひかる、ゆきばれのあさ
白い微粒の一つ一つがきらきら光る、雪ばれの朝
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    雪晴れ
ごうぜんとかまえたおいまつにすきまもなく、つもったゆきのすばらしさ
豪然とかまへた老松にすきまもなく、積つた雪のすばらしさ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    雪晴れ
しろいやわらかいゆきのせんが、にわをふかくえがいている、あさ
白いやはらかい雪の線が、庭をふかく描いてゐる、朝
   「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    雪晴れ
ひにまぶしいそらのした、なだらかなはくびょうのせっせん
陽にまぶしい空の下、なだらかな白描の雪線
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
かく、まる、せん、とうとうのじゃずががんていをゆすぶる、きかいさぎょう
角、丸、線、等々のジャズが眼底をゆすぶる、機械作業
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
そらのへんうんをじっとみる、ほーうごくぞかすかにみぎへ
空の片雲をじつと視る、ホー動くぞかすかに右へ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
ゆうぐれのそらにちじくのふだんのうごきを ふとうなずく
夕暮の空に地軸の不断の動きを ふとうなづく
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
けんそうのうず、ひと、ひかり、くるま、いえ、よるのいろとおとのらんぶだ
喧噪のうづ、人、光、車、家、夜の色と音の乱舞だ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
おおほしのめいめつ ちじょうのじんるいによびかけるよう
オヽ星の明滅 地上の人類に呼びかけるやう
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
すやすやねむっているみどりごのはなべの、なごやかなゆれ
すやすや眠つてゐる嬰児の鼻辺の、なごやかな揺れ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
でんせんがそらに、つきのそらに、かすかにふるえている、はるはあさい
電線が空に、月の空に、かすかにふるへてゐる、春は浅い
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
まんしゅうが、せかいが、かぶがうごいている、みつきまえのしんぶんをみてる
満洲が、世界が、株が動いてゐる、三月前の新聞を見てる
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
ひなたにねこのやつめみみをうごかす、そのかげがおおきくもながれてる
日向に猫の奴め耳をうごかす、其影が大きくも流れてる
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    動 く
しえんがひとつずへんでわをえがいて、ゆるくのぼってゆく
紫煙が一つ頭辺で輪をゑがいて、ゆるく昇つてゆく
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    憤る
いきどおるいじょうのこうふん ついにさっとひえてきょむのわらいにかした
憤る以上の興奮 終にさつと冷えて虚無の笑に化した
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    憤る
ごかいとちょうばにむくゆるちんもく それはとうといものだとおもう
誤解と嘲罵にむくゆる沈黙 それは尊いものと思ふ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    憤る
うらぎられたげんじつを ゆめにしようとくふうはしてみた
裏切られた現実を 夢にしようと工夫してはみた
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    憤る
おれにてっついをくだしたかれを どうしてもにくめないよわさ
俺に鉄槌を下した彼を どうしても憎めない弱さ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    憤る
しゅうきょうてきへんしつしゃをいかにぐうするかにほうちゃくしたおれ
宗教的変質者を如何に遇するかに逢着した俺
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    感 情
ゆえないかんきがほのかにおこってすっときえていった
故ない歓喜がほのかに起つてすつと消えていつた
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    感 情
かれのかんげき みゃくみゃくとこころよいりずむをなしておれにながれてくる
彼の感激 脈々と快いリズムをなして俺に流れてくる
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    感 情
きいているかれのきょげんを、ああはやくおれのずのうをとおってしまえ
聴いてゐる彼の虚言を、アヽ速く俺の頭脳を通つてしまへ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    感 情
みかわされたひとみはつめたかった、おれのこのこころがなぜかよわぬ
見交はされた眸は冷たかつた、俺の心が此心がなぜ通はぬ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    感 情
せいぜんたるへや、そのでんとうのあかるさのかいかんよ
整然たる部屋、其電灯の明るさの快感よ
昭和六年度各歌壇抄に載つた歌
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    水甕九月号
にほんじの なにあこがれておとなえば みしこともなきさらそうじゅあり
日本寺の 名にあこがれておとなへば みしこともなき沙羅双樹あり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    明光十月号
はたはたと はばたきゆるくごいさぎの つきのひかりをゆるがしにけり
はたはたと はばたきゆるく五位鷺の 月の光をゆるがしにけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    高天十月号
たんたんと あかつきみちのはるけさを ほこりまわせつばしゃとおみゆく
坦々と 赤土路のはるけさを ほこり舞はせつ馬車遠みゆく
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    帚木十月号
たいりくに まちかくなりしかなにとなく うみのもにごりてそらのきいろし
大陸に ま近くなりしかなにとなく 海の面にごりて空の黄色し
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    二荒十月号
たちわりし ごとくすぐなるがんぺきの あおあおしもよつきのひかりに
たち割りし 如くすぐなる岩壁の 青々しもよ月の光に
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    あらたま十一月号
とおはなれ やみよにいぬのそれのごと ただほえさけぶひとをはかなむ
遠はなれ 暗夜に犬のそれのごと ただ吠え叫ぶ人をはかなむ
   「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    梵 鐘
ぼんしょうの ねはむらさきのくれいろを つとうておぐらきもりにこむらう
梵鐘の 音はむらさきの暮れ色を つたふて小ぐらき森にこむらふ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    梵 鐘
おいまつの こんもりあおきいただきの うえにひとひらたむろするくも
老松の こんもり青き頂の 上にひとひらたむろする雲
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    梵 鐘
まつのはの はりのごとしもつきかげに きらめにきつつよはふかまりぬ
松の葉の 針の如しも月光に きらめきにつつ夜は深まりぬ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    梵 鐘
ねぎばたに てるげっこうのおぼろなる ただみなぎらうまぼろしのいろ
葱畑に 照る月光の朧なる ただみなぎらふ幻の色
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    梵 鐘
むぎのほの そろえるみずにくっきりと うつりてとおくひばりなくなり
麦の穂の そろへる水にくつきりと 映りて遠く雲雀啼くなり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    梵 鐘
とうのえの ゆうべのそらにむらがらす さっとまいたちながれさりけり 
塔の上の 夕べの空にむら鴉 さつと舞ひたち流れ去りけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
ふきぬける ののさむかぜをとおるひに ゆるみのみえぬほのかながらも
ふきぬける 野の寒風を透る陽に ゆるみのみえぬほのかながらも
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
はなみつる しらうめのえにすぎしひの ゆきのあしたのにをやうかべり
花満つる 白梅の枝にすぎし日の 雪の朝の似をやうかべり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
ながれつる まどのゆうひのむらさきの ほにもせまらぬはるのいろあり
流れつる 窓の夕陽のむらさきの 穂にもせまらぬ春の色あり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
かれのはら いろめだたぬもしたもえの はるのきざしのくまなかりける
枯野原 色めだたぬも下萌の 春のきざしの隈なかりける
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
かれくさを しだくあとにははやはるの したもえつちにしたしかりけり
枯草を しだく跡にははや春の 下萌土にしたしかりけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
つきかげの よどみのみゆのひとところ もやにおおわれねこやなぎおう
月光の 淀みのみゆのひとところ 靄におほはれ猫柳生ふ
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
ぺんもてる ゆびのゆるみにはるきぬを うべないかみをはしらしにける
ペン持てる 指のゆるみに春来ぬを うべなひ紙を走らしにけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
ねこやなぎ まひにかがよいみずぬるむ おがわにしるくかげをおとせり
猫柳 真陽にかがよひ水ぬるむ 小川にしるく影をおとせり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
こうばいの はなえようやくととのいて ひざしにつやないろのきわむも
紅梅の 花枝やうやくととのひて 陽ざしに艶な色のきはむも
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    若 春
うめのむら くれゆくころやくさのやの けむりははなのあたりにまつわる
梅の村 くれゆくころや草の家の けむりは花のあたりにまつはる
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春の山
うららびよ おとめごたちのわらびかる かげはあおばのうえにゆらげる
うらら陽よ 乙女子たちの蕨狩る 影は青葉の上にゆらげる
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春の山
うすみどり みかさのやまににじまいて はるがすみたつけはいすらしも
うす緑 三笠の山ににじまひて 春霞たつけはひすらしも
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春の山
まつやまの あおさもかすみたちしより ところどころはうすくもなりけり
松山の 青さも霞たちしより ところどころはうすくもなりけり
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春の山
とおながれ くるうぐいすのこえめでつ それがちになるやまじのたびかな
遠流れ くる鶯の声めでつ それがちになる山路の旅かな
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春の山
いつたつや いつきえゆくやはるがすみ いままなかいをやまにたなびく
いつ立つや いつ消えゆくや春霞 今まなかひを山にたなびく
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    ○
はなとひとのらんぶをほうふつしえらるる さんがつのやま
花と人の乱舞を髣髴し得らるる 三月の山
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    ○
かすみ かすみ かすみがみえる またおれをひっぱろうあのやまのさくら
霞 霞 霞がみえる 又俺をひつぱらうあの山の桜
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    ○
しんめのあおさがぜんざんをそめつくしたなごやかないろ
新芽の青さが全山を染めつくしたなごやかな色
瑞光和歌第6回
    「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    梅 花
はなみつる うめのはやしをぬいながら かにひたらばとおもいつつすぎぬ
花みつる 梅の林をぬひながら 香にひたらばと思ひつつすぎぬ
瑞光歌会即詠第9回 昭和7年1月16日
 
   「瑞光」 2-2 S 7. 2. 1    春の山
はるのやまをれんそうすることによってわく こころよいしかん
春の山を聯想することによつて湧く 快い詩感
昭和7年2月集
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
とうあぶんかゆうごうのくいをうつおとがする まんしゅう
東亜文化融合の杭を打つ音がする 満洲
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
はっかのじゅうあつにうめいているアジアよ どこへゆく
白禍の重圧に呻いてゐる亜細亜よ 何処へゆく
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
れいめいがきたぞ おどれあじあのたみ うたえかいほうのうた
黎明が来たぞ をどれ亜細亜の民 うたへ解放の歌
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
あわれつながれているあじあのたみ たてくさりをにほんよ
あはれつながれてゐる亜細亜の民 絶て鎖を日本よ
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
あじあのあらしのこくうん いちまつインドのそらにみえる
亜細亜の嵐の黒雲 一抹印度の空に見える
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
にんしきぶそくのあおいめがまんしゅうをぎょうししている ぶきみさ
認識不足の青い眼が満洲を疑視してゐる 無気味さ
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
ぜったいのちからがせかいのいっさいをこんとろーるしてからのぶんかをそうぞうする
絶対の力が世界の一切をコントロールしてからの文化を想像する
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
がんばっているくろいやみを ゆうぜんとおしのけるたいようではある
頑張つてゐる黒い暗を 悠然とおしのける太陽ではある
    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
よきしないとっぱつのいへんがおこるよかんがするおれ
予期しない突発の異変が起る予感がする俺

    「明光」66号 S 7. 2. 1    亜細亜
ぶんかはせいほうより ひかりはとうほうより そしてごうりゅうのときは
文化は西方より 光りは東方より そして合流の時は
明光本社第60回月並和歌 昭和7年1月12日     
    「明光」66号 S 7. 2. 1    百舌鳥
なきたつる もずのとごえはほがらかに こだちにそうてながれくるかな
啼き立つる 百舌鳥の鋭声は朗かに 木立に添うて流れくるかな
    「明光」66号 S 7. 2. 1    百舌鳥
ひそけさの あきのあさけをふるわせつ こずえたからにもずないており
ひそけさの 秋の朝けをふるはせつ 梢高らに百舌鳥啼いて居り
    「明光」66号 S 7. 2. 1    百舌鳥
ばんしゅうの もりのしじまをひとしきり さけびてもずはとびさりにけり
晩秋の 森のしじまをひとしきり さけびて百舌鳥は飛び去りにけり
    「明光」66号 S 7. 2. 1    百舌鳥
なきしきる もずのとごえはまなかいの かりたのあぜのたちきなりけり
啼きしきる 百舌鳥の鋭声はまなかひの 刈田の畔の立木なりけり
    「明光」66号 S 7. 2. 1    百舌鳥
そらたかく ときねのりずむすみとおり あきをなくなるこずえのもずどり
空高く 鋭き音のリズム澄みとほり 秋を啼くなる梢の百舌鳥
明光本社第60回月並和歌 昭和7年1月11日
    「明光」66号 S 7. 2. 1    雑 詠
かんじつを つくばのやまのあきばれに こころゆくまでひたりたりけり
閑日を 筑波の山の秋晴に 心ゆくまでひたりたりけり
    「明光」66号 S 7. 2. 1    雑 詠
つきしろく みちのうねりてほのあかき もみじのやまのすそにきゆるも
月白く 径のうねりてほの明き 紅葉の山の裾に消ゆるも
    「明光」66号 S 7. 2. 1    雑 詠
むらさきの なだりのせんのいくすじに あきのやまべのくれてゆくかな
紫の なだりの線のいくすぢに 秋の山べのくれてゆくかな
    「明光」66号 S 7. 2. 1    雑 詠
ただならぬ うちとのけはいにむねぬちの ときめきじっとおさえておりけり
ただならぬ 内外の気配にむねぬちの ときめきじつと押へて居りけり
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    塵 埃
もったいな みだのおんかたつむちりの しろくもほかげにゆらめきており
勿体な 弥陀の御肩つむ塵の 白くも灯光にゆらめきて居り
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    塵 埃
ほこりくるう つじにやすまずみはりたつ ひとをえらしとわがおもいける
埃くるふ 辻にやすまず見張り立つ 人を偉しとわが思ひける
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    塵 埃
たかまどゆ ふとくながるるひのすじに ちりきらきらとぎんのこななり
高窓ゆ 太く流るる陽の筋に 塵きらきらと銀の粉なり
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    塵 埃
あちこちを こきうるみせにものをとる ひとつひとつのほこりまみれよ
あちこちを 古器売る店に物をとる 一つ一つの埃まみれよ
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    塵 埃
もうもうと ほこりのなかにすずかけの なみきのひろはかぜにさおどる
濛々と 埃の中に篠懸の 並木の広葉風にさをどる
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    塵 埃
ほこりまう したのほそうろひのさして おもなめらかにひかりておるも
埃舞ふ 下の舗装路陽のさして 面なめらかに光りてをるも
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    春
ぽっかり、なめらかなそらにひとつ、はるらしいつき
ぽつかり、なめらかな空に一つ、春らしい月
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    春
くさのせんがあかるい しゃめんにひがすべっている あさだ
草の線が明るい 斜面に陽がすべつてゐる 朝だ
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    春
ひこうきがしになってゆく とおくのそらを
飛行機が詩になつてゆく 遠くの空を
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    春
ゆめのようなあめのぎんまくを つっきっていったつばめ つばめ
夢のやうな雨の銀幕を つつきつていつた燕 燕
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    春
はるのいしきを どこかでよんでいるらしい うぐいすのこえ
春の意識を どこかで呼んでゐるらしい 鶯の声
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    釣
うきが からだいっぱいにひろがって とりのこえがうつつになりかけた
浮子が 体イツパイにひろがつて 鳥の声がうつつになりかけた
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    釣
とつじょ うきがつくるわ わ わ こどうがめにほとばしる
突如 浮子がつくる輪 輪 輪 鼓動が眼にほとばしる
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    釣
おきをまっぷたつにいとがしてる きてきがなみにきえてゆく
沖をまつ二つに糸がしてる 汽笛が波に消えてゆく
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    釣
やがてあめになろうそら、しかし、つりざおにおれはくくられている
やがて雨にならう空、しかし、釣竿に俺はくくられてゐる
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    空
まっかなひかりが ぐんぐんとっしんしている いりひ
真赤な光が ぐんぐん突進してくる 入日
   「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    空
どこまでもたましいをひっぱっていって ぱっとつっぱなしたそら
どこまでも魂をひつぱつていつて パットつつぱなした空
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    空
ほしがみんなこきゅうしてる いしきてきに
星がみんな呼吸してる 意識的に
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    空
しずむひを もやがおうようにひろがってしまう たんぼ
沈む日を 靄が追ふやうにひろがつてしまふ 田圃
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
おおとねに なむほゆらぎのなきまでに ながれはゆるしかわもかすめる
大利根に 並む帆ゆらぎのなきまでに 流れはゆるし川面かすめる
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
かれえだに はるのひかりはほのみえぬ さくらおうおかうすがすみたちぬ
枯枝に 春の光はほの見えぬ 桜生ふ丘うす霞立ちぬ
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
ゆうあかね かすみににじみにじみつつ いつしかくるるむらさきのいろ
夕茜 霞に滲みにじみつつ いつしか暮るるむらさきの色
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
ちらほらと ちるはながすみのひまにみえ うすぐもひくくもやいけるかな
ちらほらと 散る花霞のひまに見え うす雲低くもやひけるかな
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
なのはなの きいろひろらにひにはえて はたにかすみのしたばいにつつ
菜の花の 黄色ひろらに陽に映えて 畠に霞の下ばひにつつ
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
とうえんに かかるかすみのあるらしも うすくれないのいろひとところ
桃園に かかる霞のあるらしも うす紅の色ひとところ
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
たももりも でんかもかすみてはるはいま のこるくまなくただよいにける
田も森も 田家もかすみて春は今 のこるくまなくただよひにける
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
はるがすみ そらこくわたりぬあげひばり つとめをかすめてはるかなりけり
春霞 空濃くわたりぬ揚雲雀 つと眼をかすめてはるかなりけり
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    自分の今
まいにちをくりかえすけんたい、ほりかえしほりかえしともかくもきた
毎日をくりかへす倦怠、掘りかへしほりかへしともかくも来た
    「瑞光」 2-3S 7. 3. 1    自分の今
りそうがうえのあたりで、とおくなったりちかくなったり、ふわふわしている
理想が上の辺で、遠くなつたり近くなつたり、ふはふはしてゐる
    「瑞光」 2-3S 7. 3. 1    自分の今
なまりのようなもの、こころのどこかで、おもたくこびりついていやがる
鉛のやうなもの、心のどこかで、重たくこびりついてゐやがる
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    自分の今
きぼうがちからいっぱい、なんとどんじゅうな、おれをひっぱることよ
希望がカイツパイ、何と鈍重な、俺をひつぱる事よ
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    自分の今
どうすればいいかをしりすぎて、なさないおれというもの
どうすればいいかを知りすぎて、為さない俺といふ者
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    自分の今
こころのくうきょを、いったりきたり、しているかれらとかれら
心の空虚を、往つたり来たり、してゐる彼等と彼等
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    自分の今
あしゅらになっておもいきりあばれてみようか、それもつまらない
阿修羅になつて思ひきりあばれてみようか、それもつまらない
瑞光和歌第7回
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    春の宵
そのおりに なとかたりしはつきおぼろ はなちりかかるよいなりしなり
そのをりに 汝と語りしは月おぼろ 花散りかかる宵なりしなり
瑞光歌会即詠第10回 昭和7年2月16日
    「瑞光」 2-3 S 7. 3. 1    霞
はなまだき やまもかすみのたちそめて はるのけはいはまだひそかなり
花まだき 山も霞のたち初めて 春のけはひはまだひそかなり
昭和7年3月集
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
いちにちいちにち はるがひのほのおからつちにはいってゆく
一日一日 春が陽の炎から土にはいつてゆく
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
はるがもえたぎっている かげろうになって
春がもえたぎつてゐる 陽炎になつて
   「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
たけをくぐっているかげろうに つちをもたげたたけのこ
竹をくぐつてる陽炎に 土をもたげた筍
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
うぐいすのするどいかげ えだからえだにあさのひをゆるがしてる
鶯のするどい影、枝から枝に朝の陽をゆるがしてる
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
ぶんじんがだ、つきにさしかけてるろうばいのえだ
文人画だ、月にさしかけてる老梅の枝
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
ほがらかだ けやきのめぶいたえだがそらにはってる
ほがらかだ 欅の芽吹いた枝が空に張つてる
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
さかんにひをこきゅうしているかだんのあらゆるはな
さかんに陽を呼吸してる花壇のあらゆる花
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
はるばるかんきにていこうさせたこのばいりんのはな
はるばる寒気に抵抗させたこの梅林の花
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
やなぎのあおめがはるをよりしたしくふくらんでいる
柳の青芽が春をよりしたしくふくらんでゐる
    「明光」67号 S 7. 3. 1    春の映像
ばさりとゆきがおちた なんてんのみがぎざぎざにふるえている
ばさりと雪が落ちた 南天の実がギザギザにふるへてゐる
明光本社第61回月並和歌 昭和7年1月25日

    「明光」67号 S 7. 3. 1    温 泉
うららびの まどにあかるしすきとおる いでゆのつまのはだのしろさよ
うらら陽の 窓に明るし透き徹る 温泉の妻の肌の白さよ
    「明光」67号 S 7. 3. 1    温 泉
ゆほてりの ほおにらんきのすがすがし あおばもれひにたにのあかるさ
湯ほてりの 頬に巒気のすがすがし 青葉もれ陽に渓の明るさ
    「明光」67号 S 7. 3. 1    温 泉
なつかしの ゆのかよゆめとすぎにける みつげつのたびおもいでにけり
なつかしの 湯の香よ夢とすぎにける 蜜月の旅おもひいでけり
    「明光」67号 S 7. 3. 1    温 泉
ゆけむりに うつるほかげもわびしけれ やまのいでゆにこよいつきなき
湯けむりに 映る灯光もわびしけれ 山の温泉に今宵月なき
    「明光」67号 S 7. 3. 1    温 泉
つきやわく てらすにわべをまどにみつ いでゆのなかにわれひさしかり
月和く 照らす庭べを窓に見つ 温泉の中に吾久しかり
    「明光」67号 S 7. 3. 1    雑 詠
たかやまの いただきにたてばてんもちも われをまなかにだいえんえがけり
高山の 頂に立てば天も地も 吾を真中に大円描けり
    「明光」67号 S 7. 3. 1    雑 詠
うすやみの みそらのはてはほのあかし とおやまなみはむらさきにうけり
うす闇の み空のはてはほの明し 遠山並は紫に浮けり
    「明光」67号 S 7. 3. 1    雑 詠
かしまたつ きみさちあれかしとひたいのる かしまのみやにふゆがらすなく
鹿島たつ 君幸あれかしとひた祈る 鹿島の宮に冬鴉なく
    「明光」67号 S 7. 3. 1    雑 詠
おおとねに かいつむりみつとのごとき ゆうべのみぎわにこあわたており
大利根に かいつむり三つ砥の如き 夕べの汀に小泡立て居り
    「明光」67号 S 7. 3. 1    雑 詠
じゃくとして せきもあらなくかれやいま ぜったんひをはきおもかがやけり
寂として 咳もあらなく彼や今 舌端火を吐き面かがやけり
昭和7年4月集
    「明光」68号 S 7. 4. 1    東 亜
おさえられおさえられてきたせいぎ そのだいはんぱつがおこらなければならないいんど
押へられおさへられて来た正義 その大反撥が起らなければならない印度
    「明光」68号 S 7. 4. 1    東 亜
なんぜんねんきょうあつにうめくことだ しょうなるものじゃくしゃ、ぜん
何千年強圧にうめく事だ 小なる者弱者、善
    「明光」68号 S 7. 4. 1    東 亜
にんしきされたほうのしながほえ つかれさせられてしまったげんじつ
認識された方のシナが吠え 疲れさせられてしまつた現実
    「明光」68号 S 7. 4. 1    東 亜
にんしきぶそくがにんしきぶそくをうむことをせかいはおしえた
認識不足が認識不足を生む事を世界は教へた
    「明光」68号 S 7. 4. 1    東 亜
くうきょのせんでん それはごむふうせんのようにいつかガスがぬける
空虚の宣伝 それはゴム風船のやうにいつか瓦斯が抜ける
    「明光」68号 S 7. 4. 1    偶 感
かれのとんがりがはらへかんずる たのかれのまるみがそれをけしてる
彼の尖りが肚へ感ずる 他の彼の円みがそれを消してる
    「明光」68号 S 7. 4. 1    偶 感
へんぺんとこのはのように ひとがうわさにおどらされるしゃかいよ
片片と木の葉のやうに 人が噂にをどらされる社会よ
    「明光」68号 S 7. 4. 1    偶 感
じゅんじょうのひらめきがたまたまおおきなゆえつをあたえてくれる
純情のひらめきが偶偶大きな愉悦を与へてくれる
    「明光」68号 S 7. 4. 1    偶 感
なみだをおさえるちんもく いっしゅんいっしゅん またいっしゅん
涙をおさへる沈黙 一瞬一瞬 又一瞬
    「明光」68号 S 7. 4. 1    偶 感
きがくるいそうなおれをれいせいにわらっているおれがある
気が狂ひさうな俺を冷静に笑つてゐる俺がある
明光本社第62回月並和歌 昭和7年2月14日
    「明光」68号 S 7. 4. 1    暁 烏
ほのぼのと あけゆくむらのうえつそら からすむれたちもりにくずれぬ
ほのぼのと 明けゆく村の上つ空 烏むれたち杜にくづれぬ
    「明光」68号 S 7. 4. 1    暁 烏
おおいちょう むれたつからすあけぎわの そらにくずれてあたごへながれぬ
大公孫樹 むれたつ烏明けぎはの 空にくづれて愛宕へ流れぬ
    「明光」68号 S 7. 4. 1    暁 烏
あかねさす さぎりみだれぬおおとねを はばたきこゆるからすひとむれ
茜さす さ霧みだれぬ大利根を はばたきこゆる烏のひとむれ
    「明光」68号 S 7. 4. 1    暁 烏
あさまだき いのるよよぎのみやしろの たまがきまつにかささぎのなく
朝まだき 祈る代々木の神社の 玉垣松にかささぎの啼く
    「明光」68号 S 7. 4. 1    雑 詠
ふうわりとかたちのいいえだにあるゆき さっとすべりおちてしまった
ふうはりと形のいい枝にある雪 さつとすべり落ちてしまつた
    「明光」68号 S 7. 4. 1    雑 詠
おおぞらの あかねはうみにとけいりつ こんじきのゆれひろごりにけり
大空の 茜は海にとけいりつ 金色のゆれひろごりにけり
    「明光」68号 S 7. 4. 1    雑 詠
ゆきごろも つわものたちのゆめこおる からのてらすかこのふゆのつき
雪ごろも つはものたちの夢凍る 唐野照らすかこの冬の月
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    熱 海
いくとせを すぎにけりかもいまをゆく あたみのまちはおぼろなつかし
いくとせを 過ぎにけるかも今を行く 熱海の町はおぼろなつかし
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    熱 海
みやげもの うるみせおおしゆのまちの みちにながらうほかげしたしも
みやげもの 売る店多し湯の町の 路に流らふ灯光したしも
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    熱 海
くだけちる よるのゆぶねにわれひたり うつろにみてるでんとうのかざり
くだちける 夜の湯槽にわれひたり うつろにみてる電灯のかざり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    熱 海
もだんいろ こきよくしつよきのかおり すがしきむかしのいでゆおもえり
モダン色 濃き浴室よ木の香り すがしきむかしの温泉おもへり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    熱 海
もっこくの あおばゆさぶるうぐいすの にさんばみゆるもまだなかぬなり
木斛の 青葉ゆさぶる鶯の 二三羽みゆるもまだ啼かぬなり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    熱 海
ゆけむりは とおはげやまのまえにながれ うみのよどめるいろにとけにつ
湯けむりは 遠禿山の前にながれ 海のよどめる色にとけにつ
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    熱 海
まどろまん みみにひそけししずもれる いでゆのよるをしゃみのねのする
まどろまむ 耳にひそけし静もれる 温泉の夜を三味の音のする
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    さまよふ
ひのつきし ゆうぐれまちのさまよいに わがすくいおのめにのこりけり
灯のつきし 夕暮街のさまよひに わが好く魚の眼にのこりけり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    さまよふ
ゆうやみは わかきおみなのすがたよき わがすこしおいはずかしくなりぬ
夕闇は 若き女の姿よき わが少し追ひはづかしくなりぬ
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    さまよふ
くろぐろと えきよりひとのはかれては ゆうべのやみにみなきえにける
黒々と 駅より人のはかれては 夕べの闇にみな消えにける
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    さまよふ
こうがいの みちはるにしてきやいえの したしまれについくまがりしぬ
郊外の 径春にして樹や家の したしまれについくまがりしぬ
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    さまよふ
あたらしき ようしきのへいのよきかんじに おもわずなかをそとのぞきけり
新しき 様式の塀のよき感じに おもはず中をそと覗きけり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    鐘の音
うねうねと よせくるおとはなみとなり わがみみよぎるもかねのひびかい
うねうねと よせくる音は波となり わが耳よぎるも鐘のひびかひ
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    鐘の音
むらさきに おおかたかげるとうのえに なりつるかねのゆらゆらひろごる
むらさきに 大方かげる塔のへに 鳴りつる鐘のゆらゆらひろごる
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    鐘の音
かねのねは きりにうねりつうねりにつ いずこのはてがきゆるさかいか
鐘の音は 霧にうねりつうねりにつ いづこのはてが消ゆるさかひか
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    鐘の音
なるかねに いまはむかしのおおえどを とうえいざんにしのびけるゆう
鳴る鐘に 今はむかしの大江戸を 東叡山にしのびける夕
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    苔
ふかふかと くつにしたしもあつごけの すぎのはやしはふるきにおいす
ふかふかと 靴にしたしも厚苔の 杉の林は古きにほひす
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    苔
このまとおる ひのあかるくてこけぐさに こまかくみゆるはならしきもの
樹の間とふる 陽のあかるくて苔草に 細かくみゆる花らしきもの
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    苔
まろらかな みぎわのいしによくつきし ビロードごけのみずにうつれる
まろらかな 汀の石によくつきし 天鵞絨苔の水にうつれる
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    春は行く
ほかほかと かぜおもたくてしめりあり はなぐもりけるそらのしたゆく
ほかほかと 風重たくてしめりあり 花曇りける空の下ゆく
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    春は行く
ちょうじのえ ぽっきりおればあまきかの たちまちしみればまなことじろう
丁字の枝 ぽつきり折れば甘き香の たちまちしみれば眼とぢろふ
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    春は行く
くさのほの ややにのびけるおかのうえ そよろふきあぐかおるかぜあり
草の穂の ややにのびける丘の上 そよろふきあぐ香る風あり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    春は行く
たにはたに もやいこめけるはるのいろ とおしておがわのうすひかりけり
田に畑に もやひこめける春の色 透して小川のうす光りけり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    春は行く
あめはれて つよびにしいのなみきより うらうらそらにみずけむりたてり
雨はれて 強陽に椎の並木より うらうら空に水けむり立てり
松風和歌第1回
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    陽 炎
くたぶれて くさにいこえばかげろうに つつまるはるのひととなりける
くたぶれて 草に憩へば陽炎に つつまる春の人となりける
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
みとうせぬ までにしらじらさきみてる さくらのうしろのそらのまあおき
見とうせぬ までに白々咲きみてる 桜の後ろの空のま青き
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
うすびさす あしたのはなのいろのよき ひがんざくらのさゆるぎもなく
うす陽さす 朝の花の色のよき 被〔彼〕岸桜のさゆるぎもなく
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
すみだがわ ゆるきながれにかげしろう さくらなみきのうつりてかすめる
隅田川 ゆるき流れに影白う 桜並木のうつりてかすめる
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
あおぞらを かがやかしげにはなむるる さくらのみえぬさかのまうえに
青空を かがやかしげに花むるゝ 桜の見えぬ坂のま上に
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
むぎのいろ あおくながるるはたのすえ かすみにあらでさくらさきなん
麦の色 青く流るゝ畠の末 霞にあらで桜咲き並む
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
はなのきおい さすがにもかなみよしのの やまをながめてただうつろなる
花のきほひ 流石にもかな三吉野の 山をながめてただうつろなる
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
ほりばたの さくらのさきてでんしゃより ひそかにはるをあじわいにける
濠端の 桜の咲きて電車より ひそかに春を味ひにける
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
めにいらぬ かすみとなりぬさきさかる さくらのやまとなりきりてより
眼に入らぬ 霞となりぬ咲きさかる 桜の山となりきりてより
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
まちばたの わかぎのさくらさきいでぬ ゆききのわれのほをゆるませり
街端の 若木の桜咲きいでぬ ゆききの吾の歩をゆるませり
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
どてうえの さくらはかぜにまいくるい つちあるところはなびらのうず
土堤上の 桜は風に舞ひくるひ 土あるところ花びらのうづ
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
もやこめて はなちりやみぬゆうづきの ほのかにかかるさくらがおかかな
靄こめて 花ちりやみぬ夕月の ほのかにかかる桜ケ岡かな
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜 詠草
つきぞらは おぼろににおえりこのよいを さくらのはなにこころゆかばや
月空は 朧に匂へり此宵を 桜の花に心ゆかばや

松風歌会即詠第1回 昭和7年3月16日
    「松風」 1-1 S 7. 4.**    桜          
ひとつひとつ さくらのはなのましろなる そらにうけるがさみしわかぎは
一つ一つ 桜の花の真白なる 空に浮けるがさみし若木は
昭和7年5月集
    「明光」69号 S 7. 5. 1    桜ちる
ふくかぜに みだれまいくるはなびらの みどうのしゅらんをすべりてはおち
ふく風に みだれまひくる花びらの 御堂の朱欄をすべりてはおち
    「明光」69号 S 7. 5. 1    桜ちる
いしだんの すみずみはなのふきだまり むねいるはとのかげのさうごく
石段の すみずみ花のふきだまり 棟ゐる鳩のかげのさうごく
    「明光」69号 S 7. 5. 1    桜ちる
となりやの さくらのさきてはなびらの ちりちりありぬたたみのうえはも
隣り家の 桜の咲きて花びらの ちりちりありぬ畳の上はも
    「明光」69号 S 7. 5. 1    桜ちる
ぼうとれば さくらのひとひらまいおちぬ かろきつかれのしたしきこのゆう
帽とれば 桜のひとひらまひおちぬ かろき疲れのしたしきこの夕
    「明光」69号 S 7. 5. 1    桜ちる
さくらちりて わかばのみどりあおぞらに すがすがしけれとりのこえする
桜ちりて 若葉の緑青空に すがすがしけれ鳥のこゑする
    「明光」69号 S 7. 5. 1    家 居
せわしさは つまのおもさえめずらしと ひそかにおもいあいもするおり
せはしさは 妻の面さへめづらしと ひそかに思ひ逢ひもするをり
    「明光」69号 S 7. 5. 1    家 居
このわらう こえにせわしきひまをゆき しょうじのすきをのぞきてもどりぬ
児の笑ふ 声に忙しきひまをゆき 障子の隙をのぞきてもどりぬ
    「明光」69号 S 7. 5. 1    家 居
うららびの さしけるえんみつあさげまえの うじいっぷくのかおりにいけり
うらら陽の さしける縁見つ朝餉前の 宇治一服のかをりに生けり
    「明光」69号 S 7. 5. 1    家 居
いねしひとの たらいけるやといつまでも おもいつたたみのうえをみいるも
去ねし人の 足らひけるやといつまでも 思ひつ畳の上を見ゐるも
    「明光」69号 S 7. 5. 1    家 居
いればされ あおむけにいるめにまばゆ ガラスどとおるまんげつのかげ
入歯され あほむけにゐる眼にまばゆ 硝子戸とほる満月の光
明光本社第63回月並和歌 昭和7年3月31日
    「明光」69号 S 7. 5. 1    早 春
ぬれつちに おぐさのみどりにじみいでぬ あめをかよいてはるはくるらし
濡土に 小草の緑にじみいでぬ 雨をかよひて春は来るらし
    「明光」69号 S 7. 5. 1    早 春
みおろせば わかくさにたつかげろうの そこにしろめくやまかげのうみ
見下ろせば 若草にたつ陽炎の 底に白めく山かげの湖
    「明光」69号 S 7. 5. 1    早 春
むらさきの ゆうべのいろにまだしろく におうばいりんふりさけみつつ
紫の 夕べの色にまだ白く 匂ふ梅林ふりさけ見つつ
    「明光」69号 S 7. 5. 1    雑 詠
ひばりがおれにくちぶえをふかせやがる むぎがあおい
雲雀が俺に口笛を吹かせやがる 麦が青い
    「明光」69号 S 7. 5. 1    雑 詠
ついととりのかげが くさにようてるじぶんをさました
ついと鳥のかげが 草に酔うてる自分をさました
    「明光」69号 S 7. 5. 1    雑 詠
ぱりょうしゃがのろくかすみをきざみきざみ とおくなるつつみ
馬糧車がのろく霞をきざみきざみ 遠くなる堤

    「松風」 1-2 S 7. 5.**    二子の桃
いくせんぼん ももきのありやはなさかり ただくれないのいろきおうなり
いく千本 桃木のありや花さかり たゞ紅の色きほふなり
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    二子の桃
もものはな みちさくえだをくぐりゆけば いよよふかまりはてしはなけれ
桃の花 みちさく枝をくゞりゆけば いよゝ深まりはてしはなけれ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    二子の桃
としふりし ももきのみきのさびしいろ はなのてりあいみのさりがたき
年ふりし 桃木の幹のさびし色 花のてりあひ見の去りがたき
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    二子の桃
ももぞのの つちはしろかりむぎおいて あおきがはなのいろとてはう
桃園の 土は白かり麦生ひて 青きが花の色とてり映ふ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    二子の桃
ふかまれる ゆうべのいろにももぞのの くれないとけてやみとなりけり
深まれる 夕べの色に桃園の くれなゐとけて闇となりけり
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌〔桜ちり〕
さくらちりつ みどうをめぐるおばしまの なかはしらじらはなのたまりぬ
桜ちりつ 御堂をめぐるおばしまの 中は白々花のたまりぬ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌〔桜ちり〕
さくらちり ふじにそよぎつゆくはるよ たれほにみえぬあわきむらさき
桜ちり 藤にいそぎつゆく春よ 垂れ穂に見えぬあはき紫

    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌〔桜ちり〕
さくらちりつ きしべにたまるはなびらの かぜにふかれてながれゆくなり
桜ちりつ 岸べにたまる花びらの 風にふかれて流れゆくなり
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌〔桜ちり〕
さくらちりて よどめるみずにきょうまでも はるのなごりやはなびらうける
桜ちりて 淀める水に今日までも 春の名残りや花びら浮ける
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌〔桜ちり〕
さくらちりぬ かすみもはれぬいまよりぞ めにしんりょくをいざおうべくも
桜ちりぬ 霞もはれぬ今よりぞ 眼に新緑をいざ追ふべくも
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌〔桜ちり〕
さくらちり なだたるやまもゆくひとの なくてうつりのはやきよにこそ
桜ちり 名だたる山もゆく人の なくてうつりのはやき世にこそ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌〔桜ちり〕
さくらちりし えだにすきけるあおぞらを ほのかになつのひかりかがよう
桜ちりし 枝に透きける青空を ほのかに夏の光かゞよふ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
ごとごとと ねむたくはしるきしゃのまど やまなみあおくながれさりゆく
ごとごとと 眠たく走る汽車の窓 山並青く流れ去りゆく
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
りょうそでは やまがきなりてたやはたの へいやのまなかれーるひかれる
両袖は 山垣なりて田や畠の 平野のま中レール光れる
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
なだらかな やまのせのそらあかるくて うみのまうえのけはいすらしも
なだらかな 山の背の空あかるくて 海のま上のけはひすらしも
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
くれないの さくらばなかなのとのくにの はるにみいずるろーかるのいろ
くれなゐの 桜花かな能登の国の 春に見いづるローカルの色
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
こまつおおき やまところどころあまみずの たまりてそらのきよくうつれる
小松多き 山ところどころ雨水の たまりて空の清くうつれる
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
すぎこだち あおあおとしてやますその いえおおかたはさくらさくなり
杉木立 青々として山裾の 家大方は桜さくなり
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
しろめける つちのなだりのはたにおう しろくれないのはなはかじゅらし
白めける 土のなだりの畠に生ふ 白紅の花は果樹らし
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
むらさきの やまなみつづかうゆうぐれを きしゃにもくしつわがみおくれる
むらさきの 山並つゞかふ夕暮れを 汽車に黙しつわが見送れる
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
ゆうぞらを くぎりてくろきやまのえを みょうじょうひとつとびつゆくなり
夕空を くぎりて黒き山の上を 明星一つ飛びつゆくなり
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    能登を走る
まつすぎの みつりんくらくとおやまへ かけてゆうもやかかりけるかな
松杉の 密林暗く遠山へ かけて夕靄かゝりけるかな
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
みんなおしだまっている うすぐらいともしびにうかんでいる つかれきっているかお かお
みんなおし黙つてゐる うす暗い灯にうかんでる 疲れきつてる顔 顔
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
おんながぐっすりねむっている まだわかい いってやろうか そのいぎたなさ
女がぐつすり眠つてる まだ若い 云つてやらうか そのいぎたなさ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
こつこつさっかに わたしはふけっている ごうごうとみみなれたそのせいじゃく
コツコツ作歌に 私はふけつてゐる 轟々と耳なれたその静寂
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
さびしさがぼんやりみてるあみだなのにもつの ひとつひとつからくる
淋しさがぼんやり見てる網棚の荷物の 一つ一つから来る
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
ひとしきりあかんぼうのこえが そうおんになきまじった かるいねむりがおそう
ひとしきり赤ん坊の声が 騒音に泣きまじつた かるい眠りがおそふ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
なんとふかんしょうになったおとのさみしさだ しんやがへやいっぱいにひろがりきった
何と不感性になつた音の淋しさだ 深夜が室一パイにひろがりきつた
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
まどがならんでまっくろだ ときどきほたるのようなひかりのせん
窓がならんで真つ黒だ 時々螢のやうな光の線
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
よいどれがのった ひやりとした それもいつかうつつのなかにきえてしまった
酔どれが乗つた ひやりとした それもいつかうつつの中に消えてしまつた
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
かばん ばすけっと ふろしき ぼんやりねむいめにはいってくる
カバン バスケット 風呂敷 ぼんやり眠い眼にはいつてくる
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    夜汽車
わたしのふかすしえんがひとびとのずじょうを ながれてはでんこうにとけてゆく
私のふかす紫烟が人々の頭上を 流れては電光にとけてゆく
松風和歌第2回 昭和7年5月12日
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    春の風
やわかぜに わがまかせいるこうえんの べんちのまなかいひやしんすさける
やは風に わがまかせゐる公園の ベンチのまなかひヒヤシンス咲ける
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりぬ そらなめらかにあおあおと いまもえずりしわかばうかめる
桜ちりぬ 空なめらかに青々と 今萌えづりし若葉浮める
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりつ みどうをめぐるおばしまの なかしろじろとはなたまりいる
桜ちりつ 御堂をめぐるおばしまの 中白々と花たまりゐる
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちり ふじにいそぎつゆくはるよ はなほのつぼみむらさきにじまう
桜ちり 藤にいそぎつゆく春よ 花穂の蕾紫にじまふ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりて うすらみどりのながながと うねるつつみはかわぞいなりけり
桜ちりて うすら緑のながながと うねる堤は川ぞひなりけり
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりつ きしべにたまるはなびらの かぜにふかれてひにながれゆく
桜ちりつ 岸べにたまる花びらの 風にふかれて日に流れゆく
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりて よどめるみずにきょうまでも はるのなごりのはなびらうける
桜ちりて 淀める水に今日までも 春の名残りの花びら浮ける
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりぬ かすみもはれぬいまよりぞ めにしんりょくをわがおうべくも
桜ちりぬ 霞もはれぬ今よりぞ 眼に新緑をわが追ふべくも
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちり なだたるやまもゆくひとの なくてうつりのはやきよにこそ
桜ちり 名だたる山もゆく人の なくてうつりのはやき世にこそ
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりし つつみのすそのわかくさに げんげのはなのくれなえるいろ
桜ちりし 堤の裾の若草に 紫雲英の花のくれなへる色
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりし えだにすきけるあおぞらを ほのかになつのひかりかがよう
桜ちりし 枝に透きける青空を ほのかに夏の光かゞよふ
松風歌会即詠第2回 昭和7年4月21日
    「松風」 1-2 S 7. 5.**    冠歌桜ちり
さくらちりつ そぞろのわれのうなじなど かかるはなびらなつかしまれぬる
桜散りつ そゞろの吾のうなじなど かゝる花びらなつかしまれぬる

昭和7年6月集
    「明光」70号 S 7. 6. 1
らくどのゆめにふけるまんしゅう それをぶっくだこうとしているあかいつち
楽土の夢にふける満洲 それをぶつくだかうとしてる赤い槌
    「明光」70号 S 7. 6. 1
ぱるちざんのめだまがぎろぎろのぞいている しんまんしゅうこく
パルチザンの眼玉がギロギロのぞいてゐる 新満洲国
    「明光」70号 S 7. 6. 1
しほんしゅぎがぶるを きょうさんしゅぎがぷろを ふこうにしている わらえないじじつ
資本主義がブルを 共産主義がプロを 不幸にしてゐる 嗤へない事実
    「明光」70号 S 7. 6. 1
あおいてんだ なんのきだろうしんめがめちゃにふいている
青い天だ 何の木だらう新芽がめちやにふいてゐる
本社第64回月並和歌 昭和7年4月25日
    「明光」70号 S 7. 6. 1    花
はなのえんまくがもうもうと かすみのそらにおをひいているしがつ
花の煙幕がもうもうと 霞の空に尾をひいてゐる四月
    「明光」70号 S 7. 6. 1    花
しゃくやくの はなのみだれにしとしとと あめふりそそぐにわのあかるさ
芍薬の 花の乱れにしとしとと 雨ふりそそぐ庭の明るさ
    「明光」70号 S 7. 6. 1    雑 詠
さきにける さくらのやまをよきほどに たちてはきゆるはるがすみかな
咲きにける 桜の山をよきほどに たちては消ゆる春霞かな
    「明光」70号 S 7. 6. 1    雑 詠
まだのこる かすみのありやゆうづきの ひかりにほのめくしろきいくすじ
まだ残る 霞のありや夕月の 光にほのめく白きいくすぢ

昭和7年7月集
    「明光」71号 S 7. 7. 1
ぶろーにんぐとばくだんのうえでひやひやおどっているせいじぎょうしゃ
ブローニングと爆弾の上でひやひやをどつてゐる政治業者
    「明光」71号 S 7. 7. 1
てろがりろんをふっとばしてしまった、いまおどっているせいじぎょうしゃ
テロが理論をふつとばしてしまつた、今をどつてゐる政治業者
    「明光」71号S 7. 7. 1
あーめんだぶつけきょうかんろだいよ、どうしてくれるのだこのくにをこのたみを
アーメン陀仏華経甘露台よ、どうしてくれるのだこの国をこの民を
    「明光」71号 S 7. 7. 1
だんがいからいままっさかさまにおちそうなきんけん
断崖から今真つ逆さまに落ちさうな金権 
本社第65回月並和歌 昭和7年5月24日
    「明光」71号 S 7. 7. 1    野
なごやかに ひのながらえるあさつのを ふめばひそかにくさのかぞする
なごやかに 陽のながらへる朝つ野を ふめばひそかに草の香ぞする
    「明光」71号 S 7. 7. 1    野
おかこせば のはひろびろとかぎろいて ゆらぎまぶしもひはまうえなり
丘こせば 野はひろびろとかぎろひて ゆらぎまぶしも陽はま上なり
    「明光」71号 S 7. 7. 1    雑 詠
ちりぎわの はなのあかるさこのよいの つきのひかりをなつかしみける
散りぎはの 花の明るさこの宵の 月の光りをなつかしみける
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
ともしびの ほのかにふるうゆのおけに わかきめふたりつかりおりけり
灯火の ほのかにふるふ温泉の槽に 若き女二人つかり居りけり
   「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
こんよくの みちのおみなとへだてなく かたらうやまのいでゆのよるかな
混浴の 未知の女とへだてなく 語らふ山の温泉の夜かな
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
おくにっこう ごりのおくなるきぬがわの じょうりゅうなつなおさむかりにける
奥日光 五里の奥なる鬼怒川の 上流夏なほ寒かりにける
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
かわまたの いでゆといえどいっけんの りょかんよりほかなにひとつなき
川俣の 温泉といへど一軒の 旅館より外何一つなき
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
このやどの あるじはむかしおちてきし へいけのながれとしめやかにかたりぬ
この宿の あるじは昔落ちて来し 平家の流れとしめやかに語りぬ
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
とりのこえ せせらぎのおとしんざんの しずけさのきをふるわせており
鳥の声 せゝらぎの音深山の 静けさの気をふるはせて居り
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
あおばせまる たにをくぐりつながれくる みずみおろしてわれうつろなり
青葉せまる 渓をくゞりつ流れくる 水見下ろして吾空ろなり
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
しおやきの いわなのあじわいしいたけの かおりにたろうやまのゆのやど
塩やきの 岩魚の味はひ椎茸の 香りに足らふ山の温泉の宿
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    山の温泉
しんざんに てんぐぐひんをともとして なつすごせばとふとおもいけり
深山に 天狗狗賓を友として 夏すごせばとふと思ひけり
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
きぎのまに かがみのごとくしろくてる まるぬまをみつみちあえぎゆく
木々の間に 鏡の如く白く光る 丸沼を見つ路あへぎゆく
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
ふりむけば そらにきょくせんゆったりと こあおきいろのたろうがたけかな
ふりむけば 空に曲線ゆつたりと 濃青き色の太郎ケ嶽かな
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
いわをはい きのねにしがみたそがるる ころつきにけりかわまたのやど
岩をはひ 木の根にしがみ黄昏る 頃着きにけり川俣の宿
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
ゆにしかわ おんせんめざしゆくみちに いつかまよいぬみちのなきみち
湯西川 温泉めざしゆく途に いつか迷ひぬ道のなきみち
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
いくつきひ ひとのかよわぬみちならん くちばかれはのわらじうずむる
いく月日 人の通はぬ路ならむ 朽葉枯葉の草鞋うづむる

    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
おおくまの いましかよいしあしあとを みいでてあっとおどろきにけり
大熊の 今し通ひし足跡を 見いでてあつと驚きにけり
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
うんをてんに ゆだねてかみをねんじつつ いよいよわけいるおくやまのみち
運を天に 委ねて神を念じつゝ いよいよ分け入る奥山のみち
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
ゆけどゆけど やままたやまのそのふかき かつをいやせんもみずひとつなき
行けどゆけど 山又山のその深き 渇を医せんも水一つなき
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
たにがわの もしやあるかとやまいくつ こせどなければなきたくなれり
渓川の もしやあるかと山いくつ 越せど無ければ泣きたくなれり
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
あさはやく やどいでてよりゆうぐるる までいちにんのひとにあわなき
朝はやく 宿いでてより夕暮るゝ まで一人の人に会はなき
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
ゆうやみの せまりけるころひのつきし そまごやみいでたずねてみたり
夕闇の せまりける頃灯のつきし 杣小屋見いで訊ねてみたり
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
にりはんを ゆけばゆのはなちょうおんせん ありとそまびとわれにいらえぬ
二里半を ゆけば湯の花てふ温泉 ありと杣人吾にいらへぬ
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
おもきあし ひきずりひきずりつきあかき やますそむらやのみちをたどりぬ
重き足 引ずりひきずり月明き 山裾村や野路をたどりぬ
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
ゆのはなの いでゆのやどにいるやいなや くたびれのためぶったおれけり
湯の花の 温泉宿に入るやいなや 草疲の為ぶつたふれけり
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
きしゃのある ところまでこのちゆにじゅうさんり あるときかされよわりはてける
汽車のある 処まで此地ゆ二十三里 あるときかされ弱りはてける
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    奥日光より会津まで
のりものは うまよりほかになにもなしと いまよりじゅうねんまえのころなれば
乗物は 馬より外に何もなしと 今より十年前の頃なれば
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    夏の夜
つきのかげ さえざえうごくそらのべを まわたのごときしらくもうける
月の光 冴えざえうごく空の辺を 真綿の如き白雲うける
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    夏の夜
でんとうの あかるきしたにかたりあう とものたかごえあつくひびかう
電灯の 明るき下に語り合ふ 友の高声あつくひゞかふ
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    夏の夜
ゆうさめて なごりのしずくきらきらと ひかるきぎのははりどにすける
夕雨て 名残の雫きらきらと 光る木々の葉玻璃戸に透ける
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    夏の夜
くさのつゆ あしにつめたくもやこめし のにいきづきぬなつのゆうぐれ
草の露 足につめたく靄こめし 野にいきづきぬ夏の夕ぐれ
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    夏の夜
でんとうの ひかりはもやににじまいて ひとのいるらしこかげのべんちに
電灯の 光は靄ににじまひて 人の居るらし木かげのベンチに
    「瑞光」 2-4S 7. 7.**    上高地の追憶
すぐるとし なつをひとりしあそびける かみこうちのよくわすれがたなき
すぐる年 夏を一人し遊びける 上高地のよく忘れがたなき
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
しんかんと してわがしわぶきのおとさえも まひるのはやしにこだましにける
しんかんと してわが咳の音さへも 真昼の林にこだましにける
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
くさにこけに きのいろにさえたかやまの においのどこかにありにけるかな
草に苔に 木の幹色にさへ高山の 匂ひのどこかありにけるかな
   「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
そうそうと こいしかみつつながれける みずいとすみしあずさがわかな
淙々と 小石噛みつゝ流れける 水いと澄みし梓川かな
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
そらをつく ほだかみあげつすそながる あずさがわみつがけのみちゆく
空をつく 穂高みあげつ裾ながる 梓川みつ崖の路ゆく
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
かわなかに ながきすのありあおあおと やなぎのおいてからえのごとしも
川中に 長き洲のあり青々と 柳の生ひて唐画の如しも
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
いっぽんの まるたのはしをはらはらと わたろうましたにしんえんうずまく
一本の 丸太の橋をはらはらと 渡らふ真下に深淵うづまく
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
かこうがんの たにながれくるみずくめば そのあじわいのたまらなくよき
花崗岩の 谷流れくる水掬めば その味はひのたまらなくよき
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    上高地の追憶
しんせんの あらわるるけはいするやまのきの たいしょういけをこめてしずけし
神仙の 現はるゝけはひする山の気の 大正池をこめて静けし


瑞光月並兼題和歌第8回 昭和7年6月
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    五月雨
ゆききする ひとのかげえとみゆるまで ゆうべこくふるさみだれのまち
往来する 人の影絵と見ゆるまで 夕べ濃くふる五月雨の街
   「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
みずいろの おおぞらくぎりてさみどりに やまのきょくせんはしりてはるけし
水色の 大空くぎりてさ緑に 山の曲線はしりてはるけし 
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
あおくさの のはひろごりてかんぼくの あちこちしげみかげをつくれる
青草の 野はひろごりて潅木の あちこち茂み影をつくれる
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
たにのえに みあぐるやまのどこまでも しんりょくもえてそらのちいさし
谷のへに 見上ぐる山のどこまでも 新緑もえて空の小さし
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
きしゃはいま はしりはしりてしんりょくの せまるがなかへつきいりにけり
汽車は今 はしりはしりて新緑の せまるが中へ突き入りにけり
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
かんとうの ひろのそよそよわたりくる あおばのかぜにきしゃはむきゆく
関東の 広野そよそよ渡りくる 青葉の風に汽車はむきゆく
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
わらやねを こんもりかこむしんりょくの こだちみずたにうつりてすがしも
藁屋根を こんもりかこむ新緑の 木立水田にうつりて清しも
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
さんぷくの みどりはあめにぬれいろの かがようなかににつつじのさく
山腹の 緑は雨に濡れ色の かがよふ中に丹つゝじの咲く
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
ゆうのひに くまどられたるやまあいに もゆるがごときしんりょくのきぎ
夕の陽に 隈どられたる山間に もゆるがごとき新緑の樹々
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
むさしのの うすらみどりをたまがわの うねりうねりてしろくかすめる
むさし野の うすら緑を玉川の うねりうねりて白くかすめる
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**    新緑詠草
さみだれて やなぎはあおくはしまでの みえてむかつのきしはけむれる
さみだれて 柳は青く橋までの 見えて向つの岸はけむれる
瑞光歌会即詠第11回 昭和7年6月22日
    「瑞光」 2-4 S 7. 7.**
こうがいの いまをしんりょくのもりやはた でんしゃのまどにめをたのしますなり
郊外の 今を新緑の森や畑 電車の窓に眼をたのしますなり
昭和7年8月集
    「明光」72号 S 7. 8. 1
あらゆるどうこうが むりょくなせいじを しゅうきょうをうっちゃって まっしぐらだ
あらゆる動向が 無力な政治を 宗教をうつちやつて まつしぐらだ

『明光』第72号 02    S 7. 8. 1

Aug. 1, 1932

NÔMIN GA, SHÔSHIMIN GA TACHIAGARÔ TO SURU KEHAI   AME GA UTTÔSHII
農民が 小市民が起ちあがろうとする けはい雨がうっとうしい

Depressing the / Rain is amidst / The air of rising / Protest from farmers / And from workers.


 
    「明光」72号 S 7. 8. 1
ざらざらぴっけるにおどるまんねんゆき まぶしいこうざんのひだ
ざらざらピッケルに躍る万年雪 まぶしい高山の陽だ
    「明光」72号 S 7. 8. 1
やりのさきが あさぞらをついている うんかいにまだねむっているほだか
槍の尖が朝空を突いてゐる 雲海にまだ眠つてゐる穂高
    「明光」72号 S 7. 8. 1
やまやけのちょうぞうてきなかおがゆきにひかって のそりのそりおりてくる
山焼の彫像的な面貌が雪に光つて のそりのそり下りてくる
本社第66回月並和歌 昭和7年6月26日

   「明光」72号 S 7. 8. 1    鳩
うつしよの あまつみくにかはるたけて はとのむれいるみやのすがにわ
うつし世の 天津御国か春たけて 鳩のむれ居る宮の清庭
    「明光」72号 S 7. 8. 1    鳩
むつましく はとのならべるおおとりい うかしてすめるはるのあさぞら
むつましく 鳩の並べる大鳥居 浮かしてすめる春の朝空
    「明光」72号 S 7. 8. 1    鳩
はなふぶき まいくるうなかをひらひらと きよみずのはととびかいている
花吹雪 舞ひくるふ中をひらひらと 清水の鳩とびかひてゐる
    「明光」72号 S 7. 8. 1    雑 詠
おかまろく つつじのはなとなりにけり てるひもうけてもえかぎろえる
丘まろく つつじの花となりにけり 照る陽まうけてもえかぎろへる
    「明光」72号 S 7. 8. 1    雑 詠
さみだるる みぎわひそけしとまぶねに さおのうごけばこうおのひかる
さみだるる 汀ひそけし苫舟に 竿のうごけば小魚の光る
    「明光」72号 S 7. 8. 1    雑 詠
さみだれは えぎぬのごとしやまなみは ただひとはけのすみえににたり
さみだれは 絵絹の如し山並は ただ一刷毛の墨絵に似たり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    秋立つ
こころせば てるひのかげにひそひそと あきらしききのふくまいており
心せば 照る日の影にひそひそと 秋らしき気のふくまひて居り
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    秋立つ
すくすくと しおんのくきののびみえぬ はなさきしころのことしをしおもう
すくすくと 紫苑の茎ののびみえぬ 花咲きし頃の今年をし思ふ
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    秋立つ
めのさめて ふすまをむねのあたりまで かくればなにかしたしさのあり
眼のさめて 衾を胸のあたりまで かくれば何か親さのあり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    秋立つ
おおぞらは くものあらなくむっとばかり ふむしばふよりいきれたちけり
大空は 雲もあらなくむつとばかり 踏む芝生よりいきれたちけり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    秋立つ
くものみね みだれのみえてさわさわと ふきくるかぜにあきうごくなり
雲の峰 みだれのみえてさはさはと 吹きくる風に秋うごくなり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    秋立つ
ふみよめば なにかこころのなずさうも なつはもたけてしずかなるよは
書読めば 何か心のなづさふも 夏はもたけて静かなる夜半
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    秋立つ
でんとうの がのぼんやりとめにみえて たいふうにゅーすねながらにきく
電灯の 蛾のぼんやりと眼に見えて 颱風ニユース臥ながらにきく
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    星 空
たたずみて ともとかたりつふとみたる まくらなそらにほしのながるる
佇みて 友と語りつふと見たる 真暗な空に星の流るる
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    星 空
なにがなし なつのほしぞらながめいれば ひとのよにあるをわすれたりけり
何がなし 夏の星空眺めゐれば 人の世にあるを忘れたりけり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    星 空
せいうんの そらなにどりかかけぬきぬ ぎんがはしろくにしへながるる
星雲の 空何鳥か翔けぬきぬ 銀河は白く西へながるる
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    星 空
ひのかげの あかるきいえのならびにて むっとあつしもこうがいのよじ
灯の光の 明るき家の並びゐて むつと暑しも郊外の夜路
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    星 空
かやのすそ なぶるかぜありガラスどを つきかげしろくすけてさしおり
蚊帳の裾 なぶる風あり硝子戸を 月光白くすけてさし居り
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    夏の昼
てりかえす ちのねっこうのむっとばかり かどでるわれのおもをつきくる
照りかへす 地の熱光のむつとばかり 門出る吾の面をつきくる
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    夏の昼
くものみね いらかのうえにもくもくと わいてあくまでそらのまあおき
雲の峰 甍の上にもくもくと 湧いてあくまで空のま蒼き
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    夏の昼
おどろおどろ とおなるらいのおときこえ ちにかげつくりくものいそがし
おどろおどろ 遠鳴る雷の音きこえ 地に影つくり雲のいそがし
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    夏の昼
こだちみれば はいろはあせぬきょうもまた くものかげさえなくてくれゆく
木立見れば 葉色はあせぬ今日も又 雲のかげさへなくて暮れゆく
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    夏の昼
うちみずに にじむくさはのあおささえ かすかながらもりょうみなりけり
打ち水に にじむ草葉の青ささへ かすかながらも涼味なりけり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    夏の昼
せみしぐれ ひるねのみみにふりくれど たつことさえもものうかりける
蝉時雨 昼寝の耳にふりくれど 起つことさへも物うかりける
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    おもふ
ひとつこと おもいつづけてまたもとへ かえりてくるもこころなりけり
一つ事 思ひつづけてまた元へ かへりて繰るも心なりけり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    おもふ
おもうこと ままにはこばぬよにありて おもいすることおろかならめや
おもふ事 ままにはこばぬ世にありて おもひすること愚ならめや
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    おもふ
はじめより おもいさだめてゆくなべに ややともすればくるしかりける
はじめより 思ひさだめてゆくなべに ややともすれば苦しかりける
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    おもふ
はしるきしゃの まどのうつりににかよえる ひとのおもいのかわるすがたよ
はしる汽車の 窓のうつりに似通へる 人の想念のかはる姿よ

    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    おもふ
おもいては おこないおもいてはおこなわず われはへにけりごじゅうねんかな
おもひては 行ひおもひて行はず 吾は経にけり五十年かな
瑞光月並兼題和歌第9回 昭和7年8月
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    梅雨晴
はれにける そらにあれこれはつなつを まちしのぞみのわきてくるかも
霽れにける 空にあれこれ初夏を 待ちしのぞみの湧きてくるかも
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
ふかまれる こだちとおしてきらきらと なみのひかるもつゆはれのかわ
ふかまれる 木立とふしてきらきらと 波の光るもつゆはれの川

    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
ゆうぞらの くれないうつるかわのもを みるみるもやのおおいたりける
夕空の くれなゐうつる川の面を 見るみる靄のおほひたりける
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
さらさらと たにのながれのいわをかみ しぶきにうきしちさきにじかな
さらさらと 渓の流れの岩を噛み しぶきにうきし小さき虹かな
   「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
ゆうなぎの おおとねみればこのごとく そらにぶいろにしずみゆくかな
夕なぎの 大利根見れば湖の如く 空にぶ色に沈みゆくかな
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
わかあしを そよがせつきのそらかすめ しらさぎゆけばまたしずかなり
若葦を そよがせ月の空かすめ 白鷺ゆけばまた静なり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
かのがわの いわまのかげのゆるむせに ちらちらみゆるわかあゆのむれ
狩野川の 岩間のかげのゆるむ瀬に ちらちら見ゆる若鮎のむれ
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
たにがわの へにみのかさのつりびとの あめふるしたにおぼろにみゆるも
谷川の 辺に蓑笠の釣人の 雨ふる下におぼろにみゆるも
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
あらしやまの あおばのいろしむけいりゅうに しろきはいわかむみなわにありけり
嵐山の 青葉の色しむ渓流に 白きは岩噛む水泡にありけり
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川 詠草
おおかわの ながれゆるゆるうみにいる へまでつづけるまつのなみきは
大川の 流れゆるゆる海に入る 辺までつづける松の並木は
瑞光歌会即詠第12回 昭和7年7月
    「瑞光」 2-5 S 7. 8.**    川
こんこんと ほしかげみだしながらえる かわもみつめてわれはありけり
滾々と 星光みだし流らへる 川面みつめて吾はありけり
昭和7年9月集
    「明光」73号 S 7. 9. 1
だまりこくっているひじょうじにほん なんとぶきみななつだ
黙りこくつてゐる非常時日本 何と不気味な夏だ
    「明光」73号 S 7. 9. 1
ぜんしんけいがみみからかくせいきからいっちょくせんだ ろすあんぜるすへ
全神経が耳から拡声器から一直線だ ロスアンゼルスへ
    「明光」73号 S 7. 9. 1
いっちゃくきみがよのそうがく なみだなみだおどりだしたいなみだなのだ
一着君が代の奏楽 涙涙をどり出したい涙なのだ
    「明光」73号 S 7. 9. 1 
はちきれそうなしたいがじっとさきゅうにこきゅうしている
はちきれさうな姿体がじつと砂丘に呼吸してゐる
    「明光」73号 S 7. 9. 1
おどるにんぎょのむれ なみのひまつがひにまぶしい
をどる人魚のむれ 波の飛沫が陽にまぶしい
    「明光」73号 S 7. 9. 1 
てりつけるたいようをうしへけって ざぶりなみをかぶる
灼りつける太陽をうしろへ蹴つて ザブリ波をかぶる 
    「明光」73号 S 7. 9. 1  
そらがやまがおきが みえきえみえきえる あおいなみにわたしをまかせきって
空が山が沖が 見え消え見え消える 蒼い波に私を任せきつて
第67回月並和歌 昭和7年8月1日

    「明光」73号 S 7. 9. 1    初 夏
せんすいに うつるかえでのあおばかげ ゆらぐとみればひごいうかびぬ
泉水に 映る楓の青葉かげ ゆらぐとみれば緋鯉浮びぬ
    「明光」73号 S 7. 9. 1    初 夏
そよかぜの あおばをすぎてわがそでに はらむゆうべをかわずなくなり
そよ風の 青田をすぎてわが袖に はらむ夕を蛙なくなり
    「明光」73号 S 7. 9. 1    初 夏
いくつもの さおかげみえてかわのもに けむるがごとくさみだれのふる
いくつもの 竿かげ見えて川の面に けむるが如く五月雨のふる
    「明光」73号 S 7. 9. 1    初 夏
ろくしょうの とけこむごとしわがつかる いでゆにつかるあめのひのやま
緑青の とけこむごとしわがつかる 温泉につかる雨の日の山
    「明光」73号 S 7. 9. 1    初 夏
しっとりと ねむるがごときあさつやま うけてきらめくつゆはれのそら
しっとりと 眠るが如き朝つ山 うけてきらめく梅雨はれの空
    「明光」73号 S 7. 9. 1    雑 詠
くちづけん そよろのかぜにいまはしも ひぼたんのはなくずれんとすなり
口づけむ そよろの風に今はしも 緋牡丹の花くづれんとすなり
    「明光」73号 S 7. 9. 1    雑 詠
やまかぜは つきほほえませほしあまた おどらせてうみをむきぬけにけり
山風は 月ほほゑませ星あまた をどらせて湖をふきぬけにけり
    「明光」73号 S 7. 9. 1    雑 詠
かわばたの やなぎのかげによつであみ うごくがあめにおぼろなりけり
川端の 柳のかげに四つ手網 うごくが雨におぼろなりけり
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋の夜の部屋
なくむしの こえのみみみによはふけて こころおちいぬあきのへやぬち
鳴く虫の 声のみ耳に夜はふけて 心おちゐぬ秋の部屋ぬち
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋の夜の部屋
いりまじる むしのすだきはおおいなる りずむとなりてやみながれくる
入りまじる 虫のすだきは大いなる リズムとなりて闇ながれくる
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋の夜の部屋
ただひとり ものをおもいてありければ あきのよごろのしみじみとすも
ただひとり 物をおもひてありければ 秋の夜ごろのしみじみとすも
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋の夜の部屋
ガラスすく つきのひかりはうすらぎて ななめになりぬよはふけたらし
硝子透く 月の光はうすらぎて 斜になりぬ夜は更けたらし
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋の夜の部屋
やせしかの ひとつあわれにしらかべに とまれるをみつしえんをはきおり
痩せし蚊の 一つあはれに白壁に とまれるを見つ紫煙はきをり
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋の夜の部屋
みたみみな くるしみておりさばかるる ひのちかまれるしるしなるかや
み民みな 苦しみて居り審かるゝ 日の近まれるしるしなるかや
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋を探る
はくしょくの ひゃくじつこうのさきみちて ふうわりゆるるはつあきのそら
白色の 百日紅の咲きみちて ふうはりゆるゝ初秋の空
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋を探る
ねぎあらう おんなのはぎのしろくして ゆうべのおがわにつめたくうつれる
葱洗ふ 女の脛の白くして 夕べの小川に冷たくうつれる
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋を探る
かきのみの きばむがみえてわらやねの のきにゆうげのけむりただよう
柿の実の 黄ばむがみえて藁屋根の 軒に夕餉のけむりたゞよふ
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋を探る
そすいがわに うつるおはしのかげぬける せいれいのありはねひにひかる
疏水川に うつる小橋の影ぬける 蜻蛉のあり羽陽に光る
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋を探る
しだれえの おがわにうつるはぎのあり あきのこころのはなにひそめく
しだれ枝の 小川にうつる萩のあり 秋の心の花にひそめく
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋を探る
あきのきを こころくばかりすいながら われはあゆみぬうらがれののべ
秋の気を 心ゆくばかり吸ひながら 吾は歩みぬうらがれの野辺
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    秋を探る
ちからなく いなごとまれりゆうぐれの うすひをあびてわれはみており
力なく 蝗とまれり夕ぐれの 淡陽を浴びて吾は見てをり
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
おどってくたびれ おどってくたびれてゆく じだいげきのとうじょうしゃ
をどつてくたびれ 踊つて疲びれてゆく 時代劇の登場者
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
これからのじだいをしはいするもの それはしゅぎじゃないしゃつのいろだ
これからの時代を支配するもの それは主義ぢやないシャツの色だ
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
せんでんのいろいろのたまが どすぐろいくうきのなかでひばなをちらしている
宣伝のいろいろの弾丸が ドス黒い空気の中で火花をちらしてゐる
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
ろくじゅうよねん ようこうちゅうのにほんじんがぼつぼつかえっている、うれしいことだ
六十余年 洋行中の日本人がボツボツ帰つてゐる、うれしい事だ
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
からっとはれたあきぞら、もののいろがすきとおって、こころよい
カラツと晴れた秋空、物の色が透きとほつて、快い
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
さんまのかおりがする。あかるいしょうじにはえがひとつじっとしている
秋太刀魚の香りがする。明るい障子に蝿が一つじつとゐる
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
あきのひがへやからきえようとしている。だいどころでものをきざむおと
秋の陽が部屋から消えようとしてゐる。台所で物を刻む音
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    ○
あきのこうらくとひじょうじにほんがあたまのなかでごちゃごちゃしているおれ
秋の行楽と非常時日本が頭の中でゴチヤゴチヤしてゐる俺

瑞光月並兼題和歌第10回 昭和7年9月
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    納 涼
あまのがわに こころとられぬいささかの すずしさほりしものほしのうえ
天の川に 心とられぬいさゝかの 涼しさ欲りし物干の上
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山詠草
かみがみは おおきおのもていつのころ きざまれたりしこけふりしいわね
神々は 大き斧もていつのころ 刻まれたりし苔ふりし巌根
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山詠草
ひやひやと やまのきおそうもいまをなつと たがおもうらんしらかばのもと
ひやひやと 山の気おそふも今を夏と 誰がおもふらむ白樺の下
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山詠草
みずうみに くっきりうつるまろらかな やまはみるみるくもにかくれぬ
湖に くつきりうつるまろらかな 山は見るみる雲にかくれぬ
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山詠草
だいしゃめん あしもあやうくたちこむる きりにつきいりふじくだりけり
大斜面 足もあやふくたちこむる 霧につきいり富士下りけり
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山詠草
しんしんと たいこのごときおくやまの じゅりんのしずけさぶっぽうそうなく
しんしんと 太古の如き奥山の 樹林の静けさ仏法僧啼く
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山詠草
うんかいは ひろびろとしてはてのなき しまとみゆるもやまやまのみね
雲海は ひろびろとして涯のなき 島と見ゆるも山々の頂
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山詠草
むらさきの やまきつぜんとあさぞらを ついてたちけりうんかいのうえ
むらさきの 山屹然と朝空を ついてたちけり雲海の上
瑞光歌会即詠第13回 昭和7年9月
    「瑞光」 2-6 S 7. 9.**    夏の山
あるぷすを じゅうそうのほこりむねぬちに はりきるごとくこむらいやまおる
アルプスを 縦走の誇むねぬちに はりきる如くこむらひ山下る

昭和7年10月集
    「明光」74号 S 7.10. 1 
ますますそのひぐらしのせいじだ ことしももうじきにふゆだ
ますます其日暮しの政治だ 今年ももうぢきに冬だ
    「明光」74号 S 7.10. 1 
あきははだにきて それからむしをよびさますらしい
秋は肌に来て それから虫を呼びさますらしい
   「明光」74号 S 7.10. 1
はるはつちからあきはそらから まずじこのいよくをはっぴょうするのか
春は土から秋は空から 先づ自己の意欲を発表するのか
   「明光」74号 S 7.10. 1
ぱっとひにてらされている かりいねのいろたまらないしたしさだ
パツと陽に照らされてゐる 刈稲の色たまらない親しさだ
    「明光」74号 S 7.10. 1
どっかりうごこうともしないくものうえを ひこうきがゆく
どつかり動かうともしない雲の上を 飛行機がゆく  
第68回月並和歌 昭和7年8月1日
    「明光」74号 S 7.10. 1    盛夏の海
むらいわに つきのひかりのあおあおと しみとおるなりなつのよのうみ
むら岩に 月の光りの青あをと しみとほるなり夏の夜の海
   「明光」74号 S 7.10. 1    盛夏の海
しらさめの すぎしうなばらあおあおし しらくものみねはるかにたちぬ
白雨の すぎし海原青あをし 白雲の峯はるかに立ちぬ
    「明光」74号 S 7.10. 1    盛夏の海
ぎらぎらと なつびかがようおおぞらを のせてつめたくなみうてるうみ
ぎらぎらと 夏陽かがよふ大空を のせて冷たく波うてる海
    「明光」74号 S 7.10. 1    雑 詠
いわにせに あおばしみいるかのがわの なつをふきぬくかぜさやかなり
岩に瀬に 青葉しみ入る狩野川の 夏を吹きぬく風さやかなり
    「明光」74号 S 7.10. 1    雑 詠
そよかぜに やなぎのいとのもつれては とくるかげさすつきのよのいけ
そよ風に 柳の糸のもつれては とくるかげさす月の夜の池

昭和7年11月集 
    「明光」75号 S 7.11. 1
いっぴきのやせたかをじっとみている へやいっぱいにひろがるさみしさ
一疋の痩せた蚊をじつと視てゐる 部屋一パイにひろがる淋しさ
    「明光」75号 S 7.11. 1
そらとおちそうなまっかなかきとのあいだを すっとひこうきがいった
空と落ちさうな真赤な柿との間を すつと飛行機がいつた
    「明光」75号 S 7.11. 1 
ずっしりと はとべつのようにへちまがくうかんにあおい
ずつしりと 葉と別のやうに糸瓜が空間に青い 
    「明光」75号 S 7.11. 1
こういのおれのひとみをかれのひとみがはじく そうさせないだろうときが
好意の俺の眸を彼の眸がはじく さうさせないだらう時が
 何かだ    「明光」75号 S 7.11. 1
きかいのようなかれからときどききせきのようにひらめく なにかだ
機械のやうな彼からときどき奇蹟のやうにひらめく
    「明光」75号 S 7.11. 1
にんしきぶそくではないげんじつをゆがめたのだ りっとんほうこく
認識不足ではない現実をゆがめたのだ リツトン報告
    「明光」75号 S 7.11. 1
みのむしのまきばがかぜにふらふらしている うそざむいあき
蓑虫の巻葉が風にふらふらしてゐる うそ寒い秋 
    「明光」75号 S 7.11. 1
おちついているそれはこうずだ でんえんのあきはすきとおる
おちついてゐるそれは構図だ 田園の秋はすきとほる
    「明光」75号 S 7.11. 1
いちぼうのひかりをいくいろにもそうぞうしながらあるいているほーむ
一眸の光をいくいろにも想像しながら歩いてゐるホーム 

『明光』第75号 10    S 7.11. 1

Nov. 1, 1932

SUBARASHII, DAITÔKYÔ NI NATTA GA WASURERARETE IRU NÔMIN MONDAI
すばらしい 大東京になったが 忘れられてゐる農民問題

Wonderful and great / Tokyo has become, / But forgotten are / The farmers / And their problems.


第69回月並和歌 昭和7年10月3日
    「明光」75号 S 7.11. 1    河
なつのかわ ながれほそりてつつましく こいしかわらになでしこのさく
夏の河 ながれ細りてつつましく 小石河原になでしこの咲く
    「明光」75号 S 7.11. 1    河
つきのよの かわはあかるしくっきりと うつるやまなみふねつたいゆく
月の夜の 河はあかるしくつきりと うつる山並舟つたひゆく
    「明光」75号 S 7.11. 1    河
むらさきの ゆうべのいろをほにとめて ふねのぼりゆくくれないのかわ
むらさきの 夕べの色を帆にとめて 舟のぼりゆくくれなゐの河
    「明光」75号 S 7.11. 1    河
つきのよの かわなみわけてあみをうつ ひともこぶえもみえてあかるし
月の夜の 河波わけて網をうつ 人も小舟もみえて明るし
    「明光」75号 S 7.11. 1    河
あさつかわ きりまだあれどなみたつる ほばしらのかげうごきそめたり
朝つ河 霧まだあれど並みたつる 帆柱のかげうごきそめたり
    「明光」75号 S 7.11. 1    雑 詠
ひっそりと まだあけやらぬあめつちの こきゅうにふれてわれひさしかり
ひつそりと まだ明けやらぬ天地の 呼吸にふれてわれ久しかり
    「明光」75号 S 7.11. 1    雑 詠
なつくさの つゆをしだけばこのよごろ つきはまうえにありてすずしき
夏草の 露をしだけばこの夜ごろ 月は真上にありて涼しき
    「明光」75号 S 7.11. 1    雑 詠
つねのごと つきはすみけりただならぬ このうつしよのかげさえもなく
常のごと 月は澄みけりただならぬ このうつし世のかげさへもなく
    「松風」 1-3 S 7.11.**    新 宿
ぎんざをおさえつけたいといういとが、おどっている しんじゅく
銀座をおさへつけたいといふ意図が、をどつてゐる 新宿
    「松風」 1-3 S 7.11.**    新 宿
ひかりのこうさくにぐらぐらする おのずからしやをせばめてゆく
光の交錯にぐらくする おのづから視野をせばめてゆく
    「松風」 1-3 S 7.11.**    新 宿
ここばかりにあつまる、ふしぎなはんえいに、めをみはるんだいちどは
こゝばかりに集る、不思議な繁栄に眼をみはるんだ一度は
    「松風」 1-3 S 7.11.**    新 宿
いなかものも いまはあめりかがえりで、まだわかものだぞ、しんじゅく
田舎者も 今はあめりか帰りで、まだ若者だぞ、新宿
    「松風」 1-3 S 7.11.**    新 宿
ぐろなちかとんねるを、ぞろぞろにんげんがあるくおと しんじゅくえき
グロな地下トンネルを、ぞろぞろ人間があるく音 新宿駅
    「松風」 1-3 S 7.11.**    炭 火
せとひばちのしたしいしょかん ぴしぴしとなる、すみびのおと
瀬戸火鉢のしたしい触感 ピシピシと鳴る、炭火の音
    「松風」 1-3 S 7.11.**    炭 火
ぼつりぼつりときゃくとかたっている ときどきはさんでみる、すみび
ぼつりぼつりと客と語つてゐる ときどきはさんでみる、炭火
    「松風」 1-3 S 7.11.**    炭 火
ひのかけらを、おそろしくおしいもののように おれはすみをついている
火のカケラを、おそろしく惜しいものゝやうに 俺は炭をついてゐる
    「松風」 1-3 S 7.11.**    炭 火
おお、よくととのっているへやだひやっとふれる、したんのかくひばち
おお、よく整つてゐる部屋だひやつと触れる、紫檀の角火鉢
    「松風」 1-3 S 7.11.**    炭 火
みんなはなしにこうふんしている おおひばちのひは、まっかだ
みんな話に興奮してゐる 大火鉢の火は、まつ赤だ
    「松風」 1-3 S 7.11.**    炭 火
すわったざぶとんは、ばかにふくれている、しきしまにまずひをつける
すわつた座蒲団は、馬鹿にふくれてゐる、敷島に先づ火を点ける
    「松風」 1-3 S 7.11.**    炭 火
しらはいからかおをだしているすみび ぼんやりみながら、しゅじんをまっている
白灰から顔を出してゐる炭火 ぼんやりみながら、主人を待つてゐる
    「松風」 1-3 S 7.11.**    自動車は走る
とうかのせんが、いくつもいくつもうしろへにげてゆく かすれて
灯火の線が、いくつもいくつも後へ逃げてゆく かすれて
    「松風」 1-3 S 7.11.**    自動車は走る
まちがぐらぐらおれにぶつかる おそろしくおおきくなっては
街がぐらぐら俺にぶつかる おそろしく大きくなつては
    「松風」 1-3 S 7.11.**    自動車は走る
どしんとおれはおどる もうすべっていてこころよい
ドシンと俺はをどる もうすべつてゐて快い
    「松風」 1-3 S 7.11.**    自動車は走る
きかいせいひんのよう まちにとくいせいがなくなってしまった しんとうきょう
機械製品のやう 街に特異性がなくなつてしまつた 新東京
    「松風」 1-3 S 7.11.**    非常時日本
へいぼんなしんぶんきじにたいくつするようになってしまった あれから
平凡な新聞記事に退屈するやうになつてしまつた あれから
    「松風」 1-3 S 7.11.**    非常時日本
かつじのうらになにかありそうにみえてならない しんぶんし
活字の裏に何かありさうにみえてならない 新聞紙
    「松風」 1-3 S 7.11.**    非常時日本
ひじょうじにみずをかけている けいしちょうとっこうか
非常時に水をかけてゐる 警視庁特高課
    「松風」 1-3 S 7.11.**    非常時日本
いせいがいいまつおかだいひょうに いとほがらかなひじょうじにほん
威勢がいゝ松岡代表に いと朗かな非常時日本
    「松風」 1-3 S 7.11.**    非常時日本
ひじょうじがつづくとする つまりひじょうじちゅうのへいじょうじか
非常時がつづくとする つまり非常時中の平常時か
    「松風」 1-3 S 7.11.**    非常時日本
ぐんぶがいくたびころがしても おきあがる だるまのさが
軍部がいくたび転がしても 起きあがる 達磨の性
    「松風」 1-3 S 7.11.**    非常時日本
こうさいとふかんしへいで だんだんふくれてゆくあめざいくのようにほん
公債と不換紙幣で だんだんふくれてゆく飴細工のやう日本

松風月並兼題和歌第3回 昭和7年10月
    「松風」 1-3 S 7.11.**    初 秋
こかげふめば つちのしめりのありにけり ひなたのあつさまだつよけれど
樹かげふめば 土のしめりのありにけり 日向の暑さまだつよけれど
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
あきはぎの こむらのまえにみてあれば のかぜひやひやわれをふきすぐ
秋萩の 小むらの前にみてあれば 野風ひやひや吾をふきすぐ
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
ききょうの はなつつましくはんどこに においてよきもあきのへやぬち
桔梗の 花つゝましく半床に 匂ひてよきも秋の部屋ぬち
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
とうげゆく まごのかたまでほすすきの しげむをみだすやまをふくかぜ
峠ゆく 馬子の肩まで穂薄の 茂むをみだす山をふく風
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
ひろびろと すすきおばなのさくのべの ゆうぐれこそはいともさびしき
ひろびろと 芒尾花の咲く野べの 夕ぐれこそはいともさびしき
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
えんばなに さにわのこはぎみてあれば ひとつふたつのはなこぼれける
縁端に さ庭の小萩見てあれば 一つ二つの花こぼれける
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
ふじばかま ちぐさのなかにみいでけり うらむらさきのこばなめぐしも
藤袴 千草の中にみいでけり うら紫の小花めぐしも
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
かぜふけば くずのひろはとひるがえり ゆかしくさけるむらさきのはな
風ふけば 葛の広葉の飜り 床しく咲けるむらさきの花
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
ひのてれる あきのにひとしおかがやける おみなえしのはなにちょうのとまれる
陽の照れる 秋野に一入かがやける 女郎花の花に蝶のとまれる
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草 詠草
おくやまの あきはなやかにさきみだる ななくさばたけおしとみるかな
奥山の 秋華やかに咲きみだる 七草畑惜しと見るかな
松風歌会即詠第3回 昭和7年10月
    「松風」 1-3 S 7.11.**    秋草
だーりやの はなのいろいろあきのひに もえたつをみるわざのひまひま
ダーリヤの 花のいろいろ秋の陽に もえたつを見る業の暇々

昭和7年12月集
    「明光」76号 S 7.12. 1 
うえきやのはさみがあきのはれたそらにひびく しずかなごご
植木屋の鋏が秋のはれた空に響く 静かな午後
    「明光」76号 S 7.12. 1
ひだりやのいろがぎらぎらせまるので わたしはしごとからめをはなした
緋ダリヤの色がぎらぎら迫るので 私は仕事から眼をはなした
    「明光」76号 S 7.12. 1
かれのたかいばくしょうからくるひびき なんというさびしさだ、あき
彼の高い爆笑からくるひびき なんと云ふさびしさだ、秋
第70回月並和歌 昭和7年11月5日 

街『明光』第76 号04    S 7.12. 1

Nov. 5, 1932

HANAYAKA NA, YORU NO GINZA YO KONO KUNI NO NÔMIN IMA YA UEN TO SU NARI
華やかな 夜の銀座よこの国の 農民今や飢えんとすなり

Hey, Ginza nights with / All the bright lights! / The farmers of / This nation / Now are starving.

    「明光」76号 S 7.12. 1    街
はなやかな よるのぎんざよこのくにの のうみんいまやうえんとすなり
華やかな 夜の銀座よこの国の 農民今や飢ゑんとすなり
    「明光」76号 S 7.12. 1    街
つきさゆる したにもねむれるよのまちの ろめんにながきすずかけのかげ
月冴ゆる 下にねむれる夜の街の 路面にながき篠懸のかげ
    「明光」76号 S 7.12. 1    街
なつのよの まちはよろしもあでびとの ゆかたもようのひにうつろえば
夏の夜の 街はよろしもあで人の 浴衣模様の灯にうつろへば
    「明光」76号 S 7.12. 1    雑 詠
くにいかに みだれゆくともかみつよの あまてるみこといまもひかれり
国如何に みだれゆくとも上つ代の 天照る神勅今も光れり
    「明光」76号 S 7.12. 1    雑 詠
みほとけの つむりのごとくくろぶどう うれてかしましこらはおりする
御仏の つむりのごとく黒葡萄 うれてかしまし子らはほりする
    「松風」 1-4 S 7.12.**    寒 月
はしのえに よしもさらさらとおとすなり かんげつそらにてりてあかるき
橋の上の 夜霜さらさらと音すなり 寒月空にてりてあかるき
    「松風」 1-4 S 7.12.**    寒 月
よみせする ひとのさむさをおもいつつ まちをぬければつきよなりけり
夜見世する 人の寒さをおもひつつ 町をぬければ月夜なりけり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    寒 月
とまぶねの すきまにあかくひのみえて あおくながるるつきのよのかわ
苫舟の すきまに赤く灯のみえて 青くながるる月の夜の川
    「松風」 1-4 S 7.12.**    寒 月
ふゆがれの ぞうきばやしのしもこおり さしかわすえのつきにひかるも
冬枯の 雑木林の霜こほり さしかはす枝の月に光るも
    「松風」 1-4 S 7.12.**    寒 月
ふゆがれの はやしのよるはしずかなり かんげつあうげばえりにあわだつ
冬枯の 林の夜は静かなり 寒月あふげば襟に粟立つ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    寒 月
あつきへいの うえにおくしもくもでいる つきのひかりにみえがくれすも
厚き塀の 上におく霜雲出入る 月の光にみえがくれすも
    「松風」 1-4 S 7.12.**    寒 月
よはふけぬ つきしろきみちことさらに わがげたのおとひびくなりけり
夜はふけぬ 月白き路ことさらに わが下駄の音ひびくなりけり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
ふたつみつ もみじのちりはまつのはに かかりておるもしもしろきあさ
二ツ三ツ もみぢの散り葉松の葉に かかりてをるも霜白き朝

    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
きるはなの ありやとにわにたたずめば えりもとさむくふゆのかぜすぐ
切る花の ありやと庭に佇めば 襟元寒く冬の風すぐ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
ふゆぞらの あかるきひなりへいそとに さくらのえだのこまかくはれる
冬空の あかるき日なり塀外に 桜の枝のこまかく張れる
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
なんてんの あかきつぶらみなつかしも ふゆのにわべはすがれたりける
南天の 赤きつぶら実なつかしも 冬の庭べはすがれたりける
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
ちりだまる おちばのなかにみいでける あかきもみじにめをひかれけり
ちりだまる 落葉の中に見いでける 赤き紅葉に眼をひかれをり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
ひをつけし おちばのぱっともえにける こらおどろきてにげはしるなり
火を点けし 落葉のパッと燃えにける 子ら驚きて逃げはしるなり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
さきかけて しぼみしばらのしろきはな うすらびのなかにうなだれており
咲きかけて しぼみし薔薇の白き花 うすら陽の中にうなだれてをり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
だーりやの きりかぶつちにさむざむし はなをめにうけわれみつつあり
ダーリヤの 切株土にさむざむし 花を眼にうけ吾みつつあり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    冬 庭
すがれたる にわきのなかにあおあおと ひろはかさなりやつでえだはる
すがれたる 庭木の中に青々と 広葉かさなり八ツ手枝はる
    「松風」 1-4 S 7.12.**    このごろ
へいぼんなせいかつをやぶろうとするいとをおれはぶんなぐる
平凡な生活をやぶらうとする意図を俺はぶんなぐる
    『松風』 1-4 S 7.12.**   このごろ
くるしいときえをへてふりかえるそれはとおいほどたのしいおもいでだ
苦しい時を経てふりかへるそれは遠い程楽しい思出だ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    このごろ
かれをときふしてしまってからのさびしさ
彼を説服してしまつてからの寂しさ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    このごろ
みたされないこころをかかえているらしいかれをしゅくふくしたいおれ
満されない心をかかへてゐるらしい彼を祝福したい俺
     「松風」 1-4 S 7.12.**    このごろ
まつおかとあらきがいちにちのなかきっとうかびでるこのごろ
松岡と荒木が一日の中きつと浮び出るこのごろ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    このごろ
つっぱなしちゃいたいとおもうむしんてきいんてり
つつぱなしちやいたいと思ふ無神的インテリ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    このごろ
ろぼっとのびょうきはがくりでなおろう にんげんはもっとれいみょうなんだ
ロボットの病気は学理で治らう 人間はもつと霊妙なんだ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
あお あか むらさき ひかり ひかり ひかり めまぐるしいせんのこうさく
青 赤 紫 光 光 光 めまぐるしい線の交錯
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
きちょういみんのようなせいねんが いとほこらしげだ
帰朝移民のやうな青年が いとほこらしげだ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
わかいおんなのじんいびがぎんざのひに おどっている
若い女の人為美が銀座の灯に 踊つてゐる
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
へりおとろーぷの かすかなかおり だんさーらしいにさんにんがゆく
ヘリオトロープの かすかな香り ダンサーらしい二三人がゆく
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
あおいやなぎがけいぶつのせんちめんたるを ちょうせつしているよう
青い柳が景物のセンチメンタルを 調節してゐるやう
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
あかりとおとのじゃずがうめている ぎんざのくうかんをとっしんする
灯と音のジャズが埋めてゐる 銀座の空間を突進する
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
からっかぜが よるのぎんざをよけて ひびやがはらへぶっつかるんだ
空つ風が 夜の銀座をよけて 日比谷ケ原へぶつつかるんだ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    銀座の夜
きらびやかな かふぇーのがいしょくから うけるいっしゅのひあい
きらびやかな カフェーの外飾から うける一種の悲哀

松風和歌第4回 昭和7年12月
    「松風」 1-4 S 7.12.**    菊
もろもろの すぐれたるきくあまたなむ ひんぴょうかいのみあかなくも
もろもろの 優れたる菊あまた並む 品評会の見のあかなくも
    「松風」 1-4 S 7.12.**    秋ばれ詠草
すすきしろく あかつちやまをなかばうめて あきぞらのまえによくととのえる
薄白く 赫土山を半ばうめて 秋空の前によくととのへる
    「松風」 1-4 S 7.12.**    秋ばれ詠草
そらうつる いけのすがしもすいすいと とんぼはみずにふれてすぎゆく
空うつる 池のすがしもすいすいと 蜻蛉は水にふれてすぎゆく
    「松風」 1-4 S 7.12.**    秋ばれ詠草
こすもすの はなのみだれにあきのひは さんさんとしてここにあかるき
コスモスの 花のみだれに秋の陽は さんさんとしてこゝに明るき
    「松風」 1-4 S 7.12.**    秋ばれ詠草
びるじんぐの たかきおくじょうはたはたと はたひらめきてそらすみにけり
ビルヂングの 高き屋上はたはたと 旗ひらめきて空すみきれり
   「松風」 1-4 S 7.12.**    秋ばれ詠草
あきのひに れーるひかりてながながし くうきはすみてとおやまよくみゆ
秋の陽に レール光りてながながし 空気はすみて遠山よくみゆ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    秋ばれ詠草
たもはたも あきのいろかなかきあかき のうかいっけんまじかにありぬ
田も畑も 秋の色かな柿赤き 農家一軒まぢかにありぬ
歌会即詠第4回 昭和7年12月
    「松風」 1-4 S 7.12.**    秋晴れ
うららかに ひざすあさなりあきのそら すけるはりどのみなきらめける
うららかに 陽ざす朝なり秋の空 すける玻璃戸のみなきらめける
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
みだれさく しおんのはなにせいれいの ふたつみつはいつもとまれる
みだれ咲く 紫苑の花に蜻蛉の 二つ三つはいつもとまれる
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
さやかなる あきのごごなりのをゆけば ほにおどろきてとんぼにげまう
さやかなる 秋の午後なり野をゆけば 歩におどろきて蜻蛉にげまふ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
ふねつなぐ みさおのさきにせいれいの とまるがみずにはっきりうつれり
舟つなぐ 水棹の尖に蜻蛉の とまるが水にはつきりうつれり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
ゆうぞらを あおげばなつのかばしらの ごとせいれいのむらがりており
夕空を 仰げば夏の蚊柱の ごと蜻蛉のむらがりて居り
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
あきたけぬ ぺんはしらするかみのえに おちてきにけりおおきなかとんぼ
秋たけぬ ペンはしらする紙の上に 落ちてきにけり大きな蚊とんぼ
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
いきころし とんぼとらんとしのびよれば ぎろりめだまのひにかがやけり
呼吸ころし 蜻蛉とらんと忍びよれば ぎろり眼玉の陽に光りけり
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
せいれいの そらにむらがるゆうべなり ゆうばえぐもをにわにあおぐも
蜻蛉の 空にむらがる夕べなり 夕映雲を庭にあふぐも
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉 詠草
せいれいを とらんとすればすいとゆく とらんとすればまたすいとにげぬ
蜻蛉を とらんとすればすいとゆく とらんとすれば又すいと逃げぬ
歌会即詠第5回 昭和7年12月
    「松風」 1-4 S 7.12.**    蜻蛉
こどもらの あきのひあびてあそびいる しきござのすみとんぼとまれる
子供等の 秋の陽浴びてあそびゐる 敷蓙のすみ蜻蛉とまれる