―― 岡 田 自 観 師 の 論 文 集 ――

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農業の大革命
 清潔で心から楽しめる 家庭菜園の無肥科栽培

『光』3号、昭和24(1949)年3月30日発行

 無肥料栽培については地上天国創刊号に詳細発表したのであるが、この時の記事は農耕者を目的としたものである、今回は家庭菜園を主にして説明するのである。
 専門である農業者が無肥料栽培において素晴しい好成績を挙げている事は地上天国および本紙にその報告を載せてあるから読者は大体理解出来たと思うが、特に家庭菜園に至っては専門家でない素人が行うのであるから、無肥料栽培の福音は暗夜に灯火を得たるごとき喜びであろう事は断言し得るのである。
 家庭菜園においては肥料として今日まで主に人肥を使用したのであるが、この糞尿を取扱うことは悪臭はもちろん、種々の点において堪え難い程の苦痛であろう、それが無肥料となれば全然そういう苦痛はなく実に清潔で心から楽しんで栽培が出来る訳である、しかも有肥料の時よりもその成績は格段に良く、しかも手数も大いに省けるのであるから実に一挙両得である、試みに有利な点を左に列記してみよう。
一、肥料は堆肥のみにてよく人肥のごとき不快がなく手数も省ける事
二、総ての野菜は質が良く有肥野菜と比較にならぬ程の美味である
三、総体大きく数量も増加する
四、害虫発生は有肥栽培に比し何分の一に減少するから消毒薬の必要など無論ない
五、寄生虫特に回虫など伝播の憂なき事
 右の外種々の効果はあるが、主たるもののみを書いたのである、素人菜園の多くは土地が狭く、米麦は作らずほとんど野菜のみであろうから個々の野菜について吾らが実験済みのものを説明してみよう。
 馬鈴薯(ばれいしょ)は色真白にてネットリし香気強く味覚をそそる事おびただしい、しかも素人栽培の場合よく薯(いも)つきが悪いとか、育ちが悪いなどという事は肥料のためであるから無肥なら芋つきがよく数も多いのである。
 玉蜀黍(とうもろこし)は茎太く、葉色は真青で丈高く、一見普通より巨大である、実は太く長く、豆粒は密集整列しており、柔らかく甘くその美味なる事誰しも驚くのである。
 大根は色白く肌理(きめ)細かく、普通より長く、太く舌触りネットリとして断然美味である、よく大根にはガリガリやスがあったりするのは肥料のためである。
 すべての漬菜類、ほうれん草、京菜、白菜、キャベツ等も香気強く、軟かく大きく味覚をそそる事おびただしい、昨年暮素人が作ったもので白菜一個一貫五百匁のもの三個を見せに来た人がある、今まで見た事もない程の巨大であった。
 豆類ももちろん成績は良いが特に枝豆のごときは背丈短く、葉は小さく二倍くらいの収穫あり、四粒のもの多く一粒はほとんどないくらいである、豆類は有肥料においては背丈長く葉が大きく花落ちも多く、実りが少ないが、無肥料の場合は五割ないし十割の増産は確実である。
 茄子(なす)は色好く皮柔らかく香気強く、見た眼といい味といい、一度無肥料の茄子を食したものは有肥の茄子は到底食す気にはなれないのである。
 長葱、玉葱、トマト、南瓜、瓜類等は略す事とするが、もちろん優秀で、特に南瓜のごときは舌ざわりネットリとし、甘味等何ともいえない味である。
 芋類特に薩摩芋はその巨大なる事驚くべきで、長く掘らずにおくと薩摩芋とは思えぬ程の大きさになるのである。
 果樹も同様で、特に柑橘類、柿、桃等は有肥のものとは較べものにならない程の美味である。
 以上は極く概略であるが次に堆肥の使用法とその原理について説明してみよう。
 無肥料栽培において必要なものとしては堆肥であるが堆肥にも草葉と木の葉と二種あり草葉は土に混ぜるのに適し、木の葉は床を作るのに適している、これについて無肥料栽培の効果とその原理をかいてみよう。
 従来の有肥料と吾らの唱える無肥料との差別はどういう訳かというと、元来土壌とはあらゆる植物性食糧を生育するためのものとして造物主が造ったところの神秘幽玄な物質である、ゆえに土壌の活力をより旺盛に発揮させる事こそ土壌本来の目的に叶うので、その理に不明であった昔人は、いつの頃からか誤った解釈の下に肥料を用いるようになったのである、肥料を用いる結果として土壌本来の生育力は失われ土は死ぬのである、そこで肥料によってそれを補おうとし矢鱈(やたら)に肥料を施す結果、植物は肥料中毒となる、日本の土は痩土化したといわれるが、もちろん肥料のためで、特に近来化学肥料を用いる結果、痩土化に拍車をかけたのである、何よりの証拠は稲作等が収穫減少の場合客土をする、それによって一時収穫は増すのである、その場合農民の解釈はいわく「長年の栽培によって土の肥料分を吸収してしまったから減収になったので、客土をすれば処女土であるから養分が充分保有されているから良い」と言うのであるが、これははなはだ誤りで実は年々人肥金肥を施す結果、土の活力を失ったからで、客土をすれば肥毒のないため土の活力が復活するからである。
 そうして堆肥の目的は何がためであるかというと土を固まらせないためと土を温めるためとである、作物の成育力を旺盛にする根本としては根伸びを良くする事である、それには土が固まらない事が第一で、それには堆肥を土へよく混ぜるのである、植物が根伸びの場合末端の毛細根の伸びをよくするには草葉の堆肥なら繊維が柔らかいから根伸びの邪魔にならない、ところが木の葉は繊維が固いから土に混せるのはおもしろくない、床にして温めるために使うのがよい、理想的にいえば草葉と土の混合土を一尺くらいの厚さにし、その下段へ同じく一尺厚みくらいに木の葉のみの床を作るのが最も良いのである、菜類豆その他あらゆる野菜はそれでいいが、ただ大根、人参、牛蒡(ごぼう)等のごとき根を目的のものは土の層をその作物に適するよう加減すべきである、そしてなるべく高畝(うね)にし根に対し日当りを好くすれば非常に成育がよいのである、薩摩芋のごときは二尺くらいな高畝にし、苗の間隔は一尺くらいにする時は驚く程巨大な芋が出来るのである。
 よく畝を東西が良いとか南北がよいとか言われるが、これは日当りが目的であるからその場所の日当りと風向を考慮して作ればいいのである、風当りが強いと茎を折ったり土を飛ばしたりするからこれは必ず風除け林を作り、適当な垣等をなすべきである。
 原則として土壌は清潔にする程活力が強くなるのであるから糞尿のごとき汚穢を土に施す時は反対の結果になるので、知らぬ事とは言いながら実に労して効なしどころではないマイナスにしていた訳である、また米国人は日本の野菜は絶対に食しないのはもちろん寄生虫を恐るるからで、無肥料となればその憂えがなくなるという、実にこれこそ農業の大革命で、吾同胞に対する一大福音である。