―― 岡 田 自 観 師 の 論 文 集 ――

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自然農法の勝利

『栄光』163号、昭和27(1952)年7月2日発行

 今度新潟県佐渡地方の信者の、自然農法成績に関する座談会が開催されたその記事を読んでみると、今までにない快いものがあったのである。というのは自然農法に切換えた最初の年から、一人の減収もなかったという事実で、全部初年度から二年、三年と漸次増収しつつある報告である。しかも私の指示をよく守った人ばかりなのであるが、それは浄霊せずとも増収する事を、如実に示された点である。
 しかし他の信者でも私の説を守らない訳ではあるまいが、どうも長い間の肥料その他の迷信から抜け切れず、ともすれば私の説を軽視しがちで、自分の考えが幾分でも混ざるため、それだけ成績に影響を及ぼすのである。例えば水田は藁を細かく切れといってあるのに、非常に長く切ったり、その土地の習慣上堆肥といっても、糞尿とか馬糞などを交ぜたがる。また指導者の中にも自分の考えが多少混ざる事もよくある。といったように純粋堆肥を使わない人も幾らかあるようだが、充分注意されたいのである。
 という訳で本当を言えば、自然農法においては指導者の必要はないのである。何となれば私の説をよく噛み締めれば、それで充分解るはずだからである。そうして不徹底な人の多くは、技術面に関心を持ちたがるが、本農法に限って技術は大して重視する必要はない。常識で考えただけで沢山である。何よりもこの原理の根本は、肥毒を早く消滅さして、土自体の性能を発揮させればよいからである。


「おけさ」の島の自然栽培回顧座談会

場 所 新潟県佐渡郡川原田町諏訪町
         光陽中教会佐渡出張所
司 会 光陽中教会副会長 I・T
日 時 昭和二十七年三月一日午後七時より
発言者 〔氏名略〕

 佐渡へ佐渡へと草木も靡く、歌の文句で世に識らる「おけさ」で名高い佐渡ケ島、新潟港を船出して佐渡に着く迄三時間、里数にすれば十六里、日本海の荒波が砕けるところ松青く、大佐渡小佐渡が霊と体、互に仲良く抱合す、島の囲りが五十三里、何か神秘の有りそうな。この佐渡ケ島に救世の神の福音伝えられ自然栽培実行する事三、四年、しかも一年目より減収者一名も無く、特に違うところは田圃に対しての浄霊はほとんどせず、明主様の御教え通り未信者でも自然栽培実施すれば必ず穫れると言う御教えを裏付ける結果を見させて頂き、信者でない人達にも参考に成ると思い座談会を開かせて頂きました。

   農業特輯号の反響

司会 救世教本部より明主様御論文「五カ年にして米の五割増産は確実」と題しましたる農業特輯号が日本全国各農業会等に配られました。佐渡にも配布されたと思いますが農業の原子爆弾のその後の反響は如何。

八幡村の農業会の技術員が最近来まして話しますには、自然栽培が余り成績良いので注目はしていたが、配布された『栄光』新聞の農業特輯号を見て「これは研究しなければならない」と非常に関心抱いておりました。

二宮村の農業技術員は「自分の村ではこんな良い米が穫れる」と他村に自慢しております。

 自慢にするのは当然ですよ。二宮村農家六百戸の全供出米の中二等米は三十俵程です。それが全部Bさんの自然米です。

司会 素晴らしいですね。一戸平均五十俵供出としても六百戸にすれば三万俵です。三万俵の中の三十俵ですからこれは自慢の価値はありますよ。

 毎年米の等級の基準を定める為に佐渡中の検査員が集り立合検査があるのですが、「このような良い米が出るので、普通米の査定が低くなるので困る」とこぼしております。

二宮村の村長は特輯号が配布されてより「自分の村では何年も前から実行してる者がいる」とやはり他村に自慢しております。

司会 佐渡は農業特輯号の原子爆弾で案外改心が早いですね。片岡さんの所は村の社交場兼、ニュースの編集元兼、放送局の役目をする理髪店ですから、ここ二、三年間の自然栽培に対する村の雰囲気を簡単にお話し下さい。

 一年目=注目、二年目=気狂い、三年目=神様作りは違う。以下全く「チンモク」せり。

   苗代に就て

司会 各地の信者さんが初めては苗の伸びが悪くて困るという事を聴きますがその点について。

 苗代の解決が先決問題です。苗取りに一番困ります。佐渡の習慣としては男は苗採りはしない憲法なので、吾関知せずで済みますが、家内の者が近所の家の有肥田に苗取りの手伝いに行き帰って来るとセメテ苗代だけでも何んとかならぬかと口説く。

 無理は無いです。根は長く張ってるから引っ張ってもバリバリして中々取れない。上手に取らぬと茎が切れる。束にすると根ばかりで大袈裟に言えば松葉に根を付けたようなものです。

 苗半作と言いますから良い苗を作る事が肝心です。

 その原因は苗代は先祖代々同じ場所を用い、普通田より特に肥料を沢山使用する為肥毒が沈澱して層を成している。私は違う場所を苗代田にしたら非常に良い成績だった。

 苗代は先祖より水利の便、水路の関係、日当り、住居との距離、土壌、他人との利害関係を考慮、一番適当の場所を苗代田としておりますので困難が伴います。(一同同感)

司会 皆さんは自然栽培の先祖と成る訳だから苗代田もその意味において新しい先祖苗代田を造るべきですよ。植付する時の苗の丈は?

 六月初めに植付けする時五寸位です。自然栽培の苗は丈は短いと言いますが、実際に計って見ますと、変らんですよ。自然と有肥の苗は茎の長さは同じですが、有肥のは葉が長いので自然栽培のが長く見え難いと思うのです。

   堆肥に就て

司会 堆肥に就て種々の点をお話し下さい。

 堆肥の肥の字が肥料という感じがして面白くない。堆の字は良いが肥の字が感心出来ないですね。明主様にお願いして新語を造って頂けないでしようか。(一同爆笑)

司会 皆さんも適当の名前を考えて下さい。

 私は藁を短く刻んだのを用いますが、田圃に施す時期について、三通り実験して見ました。
 一、十一月頃切藁を田圃の地と混合
 二、春植付前に施す
 三、藁堆肥一切用いず本当の自然
 結果は(一)十一月頃切藁を施す。(二)藁堆肥、一切用いず。(三)春植付前に施す。この順の収穫です。十一月藁を土と混合して置きますと、春になると土がモエテ軟くなり、植付前の砕土作業も能率が上ります。

 明主様の御教え通り土が肥料である事は痛切に感じられました。堆肥は肥料に非ずという事も良く判らせて頂きました。私は四年目ですが、収穫の時沢山堆肥入れた田程成績悪く少く入れた田は良い成績でした。全然堆肥用いぬ田が一番収穫が有り、十一俵半位有りました。今年は全然堆肥は用いぬつもりです。明主様の御教え通り、御神書通りに実行させて頂けば絶対間違い無く穫れます。自分で発明すると結果は悪いです。

 私の家の前の田は昔より一反六畝程肥料をしませんが非常に成績良く、又昔より同じ品種を作ってますが違う品種を作ると粃(シイナ)が多く減収となります。明主様の御教えの御神書に依り連作の良い事が納得出来ました。

司会 こちらの農家の一反歩の肥料代はどんな程度です。

一同 千二、三百円から二千円位です。

司会 新潟の農家に比べると割合少いですね、新潟では二千円前後、篤農家と言われる人達は三千円前後使うそうです。篤農家も濁りを付ければ毒農家と成りますからね。

   全耕地自然栽培者(一部実施者は除く)
 姓 名   年 数 実施面積  二十六年度反当収量  村平均反当収量
 D     三年目 一町五畝   八俵一斗      七俵
       四年目
 F     二年目 一町四反三畝 八俵一斗五升    七俵

 E     二年目 九反歩    七俵半       七俵
       三年目
 B     二年目 九反一畝   七俵五升      六俵三斗
       三年目


   浄霊に就て

司会 提出の報告書を見ますと浄霊はほとんどしないようですね。浄霊の回数は何度位……

 浄霊しないと書くのも体裁が悪いので一度と書きましたが、田圃に対しての浄霊はほとんどしておりません。

 村人の手前気まりが悪いし、稲に対して手を振るものなら、気狂いに成ったと大変ですよ、家族も「昼間手だけは振ってくれるな」と言うものですから浄霊は全然して有りません。

司会 皆さんも同調者ですね。

一同 相済みません……(笑)

司会 しかし結果において収穫も多く一年目より減収者一名も無く、二年目、三年目と順調な成績にて、信仰者で無くも誰れでも穫れるという明主様の御教えの裏付けをなされた訳ですね。今年は反対に大いに浄霊に依り土を浄めて頂き、その結果を来るべき秋に期待しております。

   一年目の心境状態

 私の入信当時は浄化療法時代でしたので、自然栽培の話は全然聴いてはおりませんでしたが、人間の身体に薬が害に成るなれば化学肥料も当然害に成ると思い、自然耕作を思いたち、有肥の苗で思い切って始めました。ちょうどその時教団でも自然栽培を説き出しましたので力を得て実行しましたが、一年目より非常に好成績でした。

司会 御教えをお聴きする前実行されたとは先覚者ですね。

 一年目は対照とすべき村の有肥田も凶作だったので家族の反対も無く、神様の御経綸の深さを感じさせられました。収穫は村で一番でした。二年目は成績良く村と比較して有肥の豊年位の収穫でした。

 村役場より病虫害予防に消毒するよう通知有り、もし消毒しない場合は病虫害に罹って不作でも援助しないと言って来ましたが、皮肉にも消毒した田はほとんど黒椿病に罹り、消毒しない私の田は何んとも有りません。一般人はこの事実を見ても「成程神様作りは違うものだ」位で中々真似して作る気持には成りません。

司会 家族の反対は……

 家内中自然組と有肥組に分れ、男組は自然、女組は有肥、秋の収穫に依り有肥側は二年目よりチンモクせり。

 昭和二十六年限りで反対は終り……ただし畑作はその限りに非ず。

上坂さんのエピソードを発表します。上坂さんが父親に「自然栽培して見たいから田圃一枚だけやらせてくれ」と許を乞うたところが父親は一枚位するより田は全部お前に委せるから全耕地自然栽培するよう激励されたとの事です。

 今年より頑張ってさせて頂きます。

   自然と有肥との比較(稲の状態)

 今のところでは私のは有肥の方が粒数は若干多いが、有肥は粃が多く、自然は全然無い、収穫して見ると段違いです。

 自然栽培のは穂が皆立っているので上から見ると薄く見え、初めての人は心配するが米にして見て有肥よりズット多いので驚きます。

 自然栽培の穂は平均に皆揃っていて、畳を敷いたように実に綺麗です。有肥の田は穂は垂れていて葉ばかりなので、厚く繁っていて普通の人には良いように見えるが米が無い。穂も不揃いだ。

 それは有肥でも品種に依って違うのでは無いか……

一同 絶対にそうでない。

 刈取って乾燥する場合も有肥より一日早く乾きます。

   米質の比較

 最初四十俵調製しましたが屑米は二升のみです。

 (有肥)私は百俵の中屑米は二俵余りです。

 それは成蹟の良い方だ。普通はモット沢山出ますよ。

 この辺で沢山耕作し家族の少い家では屑米を半年かほとんど一年中食べている。今迄の百姓は屑米食べて良い米を供出している。良い米を屑米にする為に金を使い苦労しているのだから百姓は楽は出来ん。

司会 一俵は正味十六貫と思いますが有肥との桝数の比較は。

 自然は三斗八升位有肥は四斗二升位入れなければ一俵には成りません。これだけでも五十俵百俵とも成れば四、五俵は違います。

 精米も実験して見ましたが、一斗精白して一時間経って計って見ますと自然は二合半の搗減り、有肥は一斗につき一升は搗減りします。

 近所で米を借りに来ましたが頒けてやりましたら三度目に満足な御飯が炊けたと言っております。一回目は御飯に成らず牛にやる。二回目は御飯らしくなったが硬過ぎて食べられぬ。三度目に柄杓に三、四杯増してヤット御飯に成ったと。

 近所で米を借りに来るので困るようです。試験で食べるのは貸してやるが欲で借りに来る者が多く、近所ではちょっと米を絶す場合皆自然米を借りに来る。得ですからね一升借りても一升三合分位増えますし、返す時は有肥米ですから一升貸せば三合は損をします。貸してよろこばれたり損したり悲喜交々と言うところです。

   米糠と藁

 米糠の自然と有肥を見分けるにはグッと握ってみれば簡単に判ります。

 有肥には啄木の詩のごとく「サラサラと指の間より落つ」自然のは握ると固まったままです。牛に自然の米糠が無くなったので有肥を食べさせましたが全然食べません。動物は正直ですね。

 牛馬の食糧は麩、米糠は要りません。自然の藁のみで充分肥りますし、毛の艶も非常に良いし、食べっぷりも良いですよ。

 冬の農閑期に蓑を造りますが、漂白すると真白く成り、節も短いから普通の蓑の倍位は持ちます。買う人も自然のを選んで買って行きます。

司会 時間も大分長くなりましたので結論を一つ松本さんにお願いします。

 自然栽培を三、四年させて頂き、私の村(二宮村)の信者は全部実施しておりますが、初年目より減収者は一名もおりません。明主様の御教え通りそのままさせて頂けば絶対心配いりません。たとえ有肥と同じ収穫としても種々の点において七、八割以上の利益は有ります。今年は浄霊は充分にさせて頂き、その結果を今から楽しみにしております。

司会 自然栽培こそ天国建設の土台であり農村経済及び日本の食糧事情解決の鍵であり、宝の山の鍵です。宝は田から採れる訳です。その宝の山の鍵を神様より頂いている訳ですから、充分に活用なさって下さい。ではこの辺で終りと致します。