―― 岡 田 自 観 師 の 論 文 集 ――

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宗教と芸術

『救世』61号、昭和25(1950)年5月6日発行

 吾らの常に唱うるごとく、神の理想は地上天国を造るにあり、天国とは戦争のない恒久平和の真善美が完全に行われる世界であらねばならないとすれば最も発達するのは芸術である、昔から宗教は芸術の母なりという言葉もあるくらいで、宗教と芸術とは切っても切れない密接な関係にある事は今更言うまでもない。
 ところが不思議な事には、古来からの数ある宗教の中でその開祖が芸術に関心を持ったものはほとんど見当らないといってもいい、ただ僅かに宗教人で芸術に意を向けたものは、外国では絵画におけるダヴィンチ、音楽におけるバッハ、ヘンデルくらいのもので、日本では聖徳太子の仏教美術、空海、行基(ぎょうき)の彫刻等で、支那(シナ)では宋元時代、日本では天平前後、僧侶にして絵画を能(よ)くしたものが若干あったくらいであるという事は大いに理由がある、それを書いてみよう。
 右の原因は全く夜の世界であったがためで、いわばいまだ黎明には程遠いため、天国の準備の必要がなかったからである、忌憚なくいえば地獄の期間中であったからである、何よりもその表われとして各宗の開祖が、天国的というよりも地獄的境遇にあって、教義を弘通(ぐつう)するにも茨の道を開いたその苦難は容易なものではなかったくらいで、事実天国とか芸術どころの話ではなかったという訳で、今日まで自分が天国を造るなどと唱えた聖者は一人も無かったと言ってもいい、しかし時期は明示しなかったが、いつかは天国的理想世界出現の予言はされていた、彼の釈尊の弥勒の世、キリストの天国は近づけり、日蓮の義農の世、天理教祖の甘露台の世、大本教祖の松の世等々がそれである。
 しかるに、吾らは時期いよいよ到れるを知り、天国は今や呱々(ここ)の声を挙げんとする直前である事を、普(あま)ねく全人類に告げたいのである、もちろんそのような誇大妄想ともいえる大企図は人間の力で実現するなどは予想だもつかない事ではあるが、絶対権威者である神の経綸である以上、その可能は一点の疑う余地はないのである、何となれば今日神はその力を示すべく幾多の驚くべき奇蹟を顕わし、確固たる信念を吾らに植えつけつつあるからである、この事は本教信徒の誰もが体験しつつ、不動の信仰を把握しつつあるに見ても知らるるのである。
 以上の論旨の具体化として、本教が最も芸術に力を注ぎ、その手初めとして今、箱根熱海の景勝地に天国の模型を造りつつあるのである、以上の点を充分認識出来なければ、本教出現の真の意味は理解出来ないのである、これを一言にしていえば、今日までの宗教はいわば天国出現の基礎的工作の役目であり、本教はその基礎の上に天国樹立の役目でありそれを担うべく出現したのである。