1933

新年勅題
    「明光」 77号 S 8. 1. 1    朝の海
きらきらと みほのうらなみひにはえて まつばらあわくあさがすみすも
きらきらと 三保の浦波陽に映えて 松原あはく朝がすみすも
    「明光」 77号 S 8. 1. 1    朝の海
なみのほを みぬまであさのうみなぎて たいようまあかくおきをぼかすも
波の秀を みぬまで朝の海なぎて 太陽まあかく沖をぼかすも
昭和8年1月集 
    「明光」 77号 S 8. 1. 1
うつらうつら たこのうなりをききており あらたまりたるとしのこのあさ
うつらうつら 凧のうなりをききてをり 新たまりたる年のこの朝
    「明光」 77号 S 8. 1. 1 
こがらしは しずもりたらしたかむらの はずれのおとのたまたまにする
木枯は 静もりたらし篁の 葉ずれの音のたまたまにする
    「明光」 77号 S 8. 1. 1
あきばれの そらにもみじのもゆるひよ ものほしだいにこどもあそべる
秋ばれの 空に紅葉のもゆる日よ 物干台に子供あそべる
第71回月並和歌 昭和7年12月8日
    「明光」 77号 S 8. 1. 1    神 前
ももたびの せんでんついにむくわれぬ なみだにあおぐかみのにいどこ
百度の 宣伝遂にむくはれぬ 涙に仰ぐ神の新床
    「明光」 77号 S 8. 1. 1    神 前
にいみやの ひのかもうれしせんでんの みのりてきょうのはつのみまつり
新宮の 檜の香もうれし宣伝の みのりて今日の初の神祭
    「明光」 77号 S 8. 1. 1    神 前
おおまえに ひたいのりけりためしなき わざわいふらんうちとのけはいに
大前に ひた祈りけりためしなき 災ふらん内外のけはひに
    「明光」 77号 S 8. 1. 1    雑 詠
くにあげて ふためくときもかねてより みさとしにしるわれらなるかも
国挙げて ふためく時もかねてより 神諭にしる吾等なるかも
勅 題
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    朝の海
こうせいの わかきひかりをわだのはら てらすはつひのけさにみしかな
更生の 若き光を和田の原 照らす初日の今朝に見しかな
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    朝の海
あまつびの ひもろぎなるかいせのうみ しらなみのえのふたみいわかげ
天津日の 神籬なるか伊勢の海 白波の上の二見岩かげ
新東京を詠む(一)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    大 森
いしのだん つくればろうもんどううなど いろのさびしがめじにひらける
石の段 つくれば楼門堂宇など 色のさびしが眼路にひらける(本門寺)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    大 森
おかつづく きょくせんいけにまうつりて ボートゆくあとながきさざなみ
丘つづく 曲線池にまうつりて 短艇ゆくあとながき小波(洗足池)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    大 森
ばいりんの なごりのあとはあらなくも かんがのいえのなめるいまよき
梅林の 名残のあとはあらなくも 閑雅の家の並める今よき(八景園)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    大 森
あちこちに もりくろぐろしふゆのひに あかがわらのやねめだちておおきも
あちこちに 森くろぐろし冬の陽に 赤瓦の屋根目立ちて多きも(馬 込)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    品 川
うみぞいの きゅうかいどうはひとどおり すくなくおおかたいえはふるびし
海ぞひの 旧街道は人通り 少なく大方家は古びし(鮫 州)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    品 川
こんもりと こむれのなかのいしぶみの したにねむるかこうしゃくのたま
こんもりと 木むれの中の石碑の 下にねむるか侯〔公〕爵の霊(伊藤公墓地)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    品 川
くびおれし いしぼとけあわれとおきおか あかまつばやしゆうぞらをいろどる
首折れし 石仏あはれ遠き丘 赤松林夕空をいろどる(大 仏)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    品 川
うみかぜは ほほにつめたくはしにかかる ひといそぐなりきてききこゆる
海風は 頬につめたく橋にかかる 人いそぐなり汽笛きこゆる(八ツ山橋)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    品 川
おおきやなみの うしろはうみかふゆがもめ なくこえみだれあさけにふるう
大き家並の 後は海か冬鴎 鳴く声みだれ朝気にふるふ(品川町)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    品 川
ゆいしょある みやしろらしもみはしらの かみなをみつつさいせばきのすむ
由緒ある 神社らしも三柱の 神名を見つゝ賽せば気の澄む(品川神社)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    豊 島
こだちふかき みちをくねればめのまえに わせだたんぼはいえたちにける
木立ふかき 径をくねれば眼の前に 早稲田田圃は家建ちにける(高田町)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    豊 島
ふゆがれの おおきはつきかしめはれる みどうきしものおわしますかや
冬枯の 大樹は槻か注縄はれる 御堂鬼子母のおはしますかや(雑司ケ谷)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    豊 島
のろのろと うしあまたゆくあすふぁると みちはふゆひのなかにつづける
のろのろと 牛あまたゆくアスファルト 路は冬陽の中につづける(目 白)
   「松風」 2-1 S 8. 1.**    目 黒
このなかで ひとはくるわんうまとぶか などおもいつつけいばじょうみすぐ
この中で 人は狂はん馬飛ぶか など思ひつつ競馬場見すぐ
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    目 黒
ととのえる あきちひろきもくさかれて のわきはいまをはげしかりけり
整へる 空地ひろきも草枯れて 野分は今をはげしかりけり(新住宅地)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    目 黒
しもがれは まいくるひとのすくなきか しんぶつまでもきせつありけり
霜枯れは 参来る人の少なきか 神仏までも季節ありけり(不 動)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    目 黒
にいだちの いえのうしろのたけやぶを はなれてすずめらそらにちりゆく
新建の 家の後ろの竹薮を はなれて雀ら空にちりゆく(碑文谷)
   「松風」 2-1 S 8. 1.**    淀 橋
しんじゅくの よぞらにそそるはみつこしか ねおんさいんのあかきひもゆる
新宿の 夜空にそそるは三越か ネオンサインの赤の灯もゆる
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    淀 橋
ひとやおとに おされおされぬげきりゅうの つくるところはしんじゅくのえき
人や音に 押されおされぬ激流の 尽くるところは新宿の駅
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    淀 橋
ひのいろも なまめかしけるよこちょうは ひょうきゃくたちのゆくべきところか
灯の色も なまめかしける横町は 漂客たちのゆくべき処か
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    滝野川
みずあかく もみじかぶさるおがわあり むかしのひとはめいしょとうたいし
水あかく 紅葉かぶさる小川あり 昔の人は名所とうたひし(紅 葉)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    滝野川
ふるきいえ おおきのみきにもえどごろの においののこりありとおぼゆる
古き家 大樹の幹にも江戸ごろの にほひの残りありとおぼゆる
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    滝野川
はなふぶき やまにくるいてひとみだる やよいのころをめにうかべける
花吹雪 山に狂ひて人みだる 弥生の頃を眼にうかべける(飛鳥山)
   「松風」 2-1 S 8. 1.**    滝野川
てらのもん むかしながらのゆかしけれ でんしゃのおとにきてきまじこる
寺の門 昔ながらの床しけれ 電車の音に汽笛交こる(田 端)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    滝野川
しょうぐんの たたえしたはたのえんけいも いえにうずみてつくばはろけし
将軍の 称へし田畠の遠景も 家にうづみて筑波はろけし(道灌山)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    杉 並
たかくひくく はたけつづけるぞうきばやしの そらあかるきもふゆのかぜふく
高く低く 畑つづける雑木林の 空明るきも冬の風ふく(和田堀)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    杉 並
きらびやかな ほんどうにひびくどくきょうの こえききいればろうそくゆらめく
きらびやかな 本堂にひびく読経の 声ききゐれば蝋燭ゆらめく(掘之内祖師堂)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    杉 並
ひろきはら かれくさふしてべんてんの いぶせきどううみずにうつれる
ひろき原 枯草伏して弁天の いぶせき堂宇水にうつれる(馬 橋)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    城 東
すなむらは まだねぎばたのあおあおと なのはたとまじるいなかなりける
砂村は まだ葱畑の青々と 菜の畑とまじる田舎なりける
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    城 東
みなれしも たいこばしはよろしばいりんは えだこまごまとふゆぞらつづれる
見なれしも 太鼓橋はよろし梅林は 枝こまごまと冬空つづれる(亀井戸)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    城 東
もりやはたけ おがわおしなべてゆうもやに おおわれあきのゆうかぜさむし
森や畑 小川おしなべて夕靄に おほはれ秋の夕風さむし(葛西橋)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    城 東
ほうすいろの みずはあおきもくびすくめ ふゆのゆうぐれはしわたるなり
放水路の 水は青きも首すくめ 冬の夕ぐれ橋渡るなり(荒 川)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    城 東
つりびとの ふねあしのまのあちこちに みえてしずかにしずむあきのひ
釣人の 舟葦の間のあちこちに 見えて静かに沈む秋の日(中 川)
   「松風」 2-1 S 8. 1.**    足 立
かねぼうの えんとつそそりすみだがわ みぎわのよしはみだれたりける
鐘紡の 煙突そそり隅田川 汀の葭はみだれたりける(鐘ケ淵)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    足 立
とらっくや でんしゃゆきかうこのみちは おうしゅうがいどうとまちびとのいう
トラックや 電車ゆきかふ此道は 奥州街道と町人の言ふ(千 住)
   「松風」 2-1 S 8. 1.**    足 立
たいしどう ふりにけるかなかれこだちは がらんのうしろのそらにつらなる
大師堂 古りにけるかな枯木立は 伽藍の後の空につらなる(西新井)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    足 立
こがらしは ふゆがれさくらになりなりて つくばのやまはほのかなりけり
凩は 冬枯桜に鳴りなりて 筑波の山はほのかなりけり(荒川堤)
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    暮
としせまり ことしはじむもこころもえず あたらしきとしまつこととせり
年せまり 事しはじむも心もえず 新しき年待つこととせり
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    暮
にぎやかな しわすのまちをぬけきりて でんしゃまつまのさむさきびしき
賑かな 師走の町をぬけきりて 電車待つ間の寒さきびしき
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    暮
そそくさと ひとはゆくなりおおかたの いえいすがしもまつかざりすめる
そそくさと 人はゆくなり大方の 家居清しも松飾すめる
   「松風」 2-1 S 8. 1.**    暮
ときめきて しょうがつまちしこのころの こころのこるかおいけるいましも
ときめきて 正月待ちし子の頃の 心のこるか老いける今しも
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    暮
ひやはたに かざれるまちをうかうかと ひとなみわけつつまとあるけり
灯や旗に かざれる街をうかうかと 人波わけつ妻とあるけり
松風和歌第6回 昭和8年1月8日
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    暮
ちょうぜんと ひとのせわしさしわすとう さかいはなれていまはありけり
超然と 人のせはしさ師走とふ 境はなれて今はありけり
松風和歌第2回 昭和8年1月8日
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    雑 詠
ただならぬ よのうずまきのそとにいて うたなどをよむゆとりほしきも
ただならぬ 世のうづまきの外に居て 歌などを詠むゆとり欲しきも
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    勅題朝の海
ほがらかに うみはあけたりひをうけて うみぞいのやまみなくれなえる
ほがらかに 海は明けたり陽をうけて 海ぞひの山みなくれなへる
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    勅題朝の海
とのごとき あしたのうみにほをたてて すべるふねありくましろくひき
砥のごとき 朝の海に帆を立てて すべる舟あり隈白くひき
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    勅題朝の海
ゆらゆらと わがふねわくるうみのもの あさのしじまにろのきしるおと
ゆらゆらと わが舟分くる海の面の 朝のしじまに櫓のきしる音
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    勅題朝の海
しずかなる あしたのうみよなみのほの たまたましろくたちてはきゆるも
静かなる 朝の海よ波の秀の たまたま白くたちては消ゆるも
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    勅題朝の海
おきしろく あけはなれしもさざなみの みほのうらべにまつばらうかめる
沖白く 明けはなれしも小波の 三保の浦辺に松原うかめる
松風和歌第5回 昭和7年12月 
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    霜
すいせんの めのすんばかりにさんぼん しろしものなかにみいでしあさかな
水仙の 芽の寸ばかり二三本 白霜の中にみいでし朝かな
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立詠草
ふゆぞらも あぜのかれきもそのままに うつるみずたのごごしずかなり
冬空も 畔の枯木もそのままに 映る水田の午後静かなり
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立詠草
ふゆがれの はやしめざしてよるからす すわるるごとくかげきえにける
冬枯の 林めざして集る烏 吸はるゝごとく影消えにける
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立詠草
はおちして くぬぎばやしはさむげなり あかるくすけるふゆのあおぞら
葉落ちして 櫟林は寒げなり 明るくすける冬の青空
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立詠草
ふゆこだち しもこきあさをしたゆけば とくるしずくのばらばらとふる
冬木立 霜こき朝を下ゆけば 解くる雫のばらばらと降る
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立詠草
はだかぎの ちらほらみゆるみちをゆく にばしゃにひびかううそさむきおと
裸木の ちらほら見ゆる道をゆく 荷馬車にひゞかふうそ寒き音
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立詠草
いつしかに こがらしやみぬはだかぎの えだのよしもはつきにきらめく
いつしかに 凩やみぬ裸木の 枝の夜霜は月にきらめく
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立詠草
ゆきつもる こだちにすけてにさんばの からすくろきもうるしのごとくに
雪つもる 木立にすけて二三羽の 烏黒きも漆のごとくに
歌会即詠第6回 昭和7年12月
    「松風」 2-1 S 8. 1.**    冬木立
ふゆのあさ いでゆにつかりうっとりと かれこだちするやまをみており
冬の朝 温泉につかりうつとりと 枯木立する山をみてをり
昭和8年2月集
    「明光」 78号 S 8. 2. 1  
かれあしの みだれたるまますすきこおる おおぬまのものひかるがさみしき
枯蘆の みだれたるまま薄凍る 大沼の面の光るがさみしき 
    「明光」 78号 S 8. 2. 1
ゆうやみに むらはしずみぬやまのせん ほのかにみえてほしまたたける
夕闇に 村はしづみぬ山の線 ほのかに見えて星またたける
    「明光」 78号 S 8. 2. 1
こがらしに まつのはなりのしきりける ふゆのよふけはさみしかりけり
木枯に 松の葉なりのしきりなる 冬の夜ふけは淋しかりけり
    「明光」 78号 S 8. 2. 1
たこあげて こらとありけるやねのえに まむかうそらのいりひうるわし
凧あげて 子等とありける屋根の上に ま向ふ空の入日うるはし
    「明光」 78号 S 8. 2. 1
つかれつつ かえりつきたるわがいえの あかりあかあかとこらのこえする
疲れつつ 帰りつきたる吾が家の 灯あかあかと子等の声する
    「明光」 78号 S 8. 2. 1
かわかぜに やなぎのいとのゆれやまぬ かげさむざむしつきしろきみち
川風に 柳の糸のゆれやまぬ 影さむざむし月白き路
第72回月並和歌 昭和8年1月9日
    「明光」 78号 S 8. 2. 1    顔
りゅうがんの かしこさはっとふせしめを あぐればほうれんはろかなりかり
竜顔の かしこさはつと伏せし眼を あぐれば鳳輦はろかなりけり
    「明光」 78号 S 8. 2. 1    雑 詠
かきひとつ ぽったりおちぬここここと とりかくるるもいなたばのかげに
柿一つ ぽつたり落ちぬここここと 鶏かくるるも稲束のかげに
    「明光」 78号 S 8. 2. 1    雑 詠
すみわたる そらぎんよくのすらすらと おとをのこしてもりにいりたる
すみわたる 空銀翼のすらすらと 音をのこして森に入りたる
    「明光」 78号 S 8. 2. 1    雑 詠
こんじょうの そらまうつれるいけのこし かれのしろじろしもふりしあさ
紺青の 空まうつれる池のこし 枯野しろじろ霜ふりし朝
新東京を詠む(二)

    「松風」 2-2 S 8. 2.**    江戸川
たをへだつ つつみのかれてほのかしら かすかにうごくはしおいりがわかな
田をへだつ 堤の枯れて帆の頭 かすかにうごくは汐入川かな
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    江戸川
こまつがわ あたりのそらはこうじょうの ばいえんにおどれるいんふれのかげ
小松川 あたりの空は工場の 煤烟にをどれるインフレのかげ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    江戸川
しらさぎの ふゆたにひかりてとびさりぬ ばいえんはるかにそらをもやえる
白鷺の 冬田に光りてとび去りぬ 煤烟はるかに空をもやへる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    荏 原
さびしげに ごきのぼさつがましませるを ひとふりむかずうすらびさせる
さびしげに 五基の菩薩が坐ませるを 人ふりむかずうすら陽させる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    荏 原
ここにいて うみみゆるなりゆうなぎに すなどりおぶねのあまたうけおり
こゝに居て 海みゆるなり夕凪ぎに 漁り小舟のあまた浮け居り
    「松風」 2-2  S 8. 2.**    荏 原
おかはたや こだちやにいだちのいえなどを もやのつつみてゆうぞらさむし
丘畑や 木立や新建の家などを 靄のつゝみて夕風寒し
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    葛 飾
みずあおく かわますぐなりてっきょうを でんしゃはしりてまたしずかなり
水青く 川真直なり鉄橋を 電車走りてまた静かなり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    葛 飾
はんのきの がいろじゅなりきとうきょうを はなれしいろのまちにまだこき
榛の木の 街路樹なりき東京を はなれし色の街にまだ濃き
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    葛 飾
はくさいを つみたるとらっくたてそめし ばくおんながくかわにひびかう
白菜を つみたるトラックたて初めし 爆音長く川にひゞかふ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    葛 飾
ややひろき たんぼさみしくいえのまに ふゆのつくばをふとみいだしぬ
ややひろき 田圃さみしく家の間に 冬の筑波をふと見いだしぬ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    王 子
かわぐちの どてしたにひとつのこさつあり ぜんこうじのもじこだちにくらき
川口の 土手下に一の古刹あり 善光寺の文字木立に暗き
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    王 子
くさもゆる つつみすべりてはるのひは すいもんのとにとどきけぶらう
草萌ゆる 堤すべりて春の陽は 水門の鉄扉にとゞきけぶらふ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    王 子
かれあしの みぎわにさみしはしげたの かくるるまでにしおふくれいる
枯葦の 汀にさみし橋桁の かくるゝまでに潮ふくれゐる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    渋 谷
なりのよき まつのこずえはまうえにて めいじじんぐうへのりとそうすも
形のよき 松の梢は眼上にて 明治神宮へ祝詞奏すも
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    渋 谷
はぜもみじ まさごのうえにくれないて よよぎのおおみやただゆかしけり
櫨紅葉 真砂の上にくれなひて 代々木の大宮たゞ床しかり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    渋 谷
たかつきの みちはおぐらしこけむして はちまんのみやはるかにたてる
高槻の 路は小暗し苔むして 八幡の宮はるかに建てる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    雪の日
ゆきくれの ばさりとおちぬおいまつの ひとえだややにふるうがみゆる
雪塊の ばさりと落ちぬ老松の 一枝やゝにふるふが見ゆる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    雪の日
しきりなく くるいまいつつふるゆきの そらをにわべをみつもひさなり
しきりなく 狂ひ舞ひつゝふる雪の 空を庭べを見つも久なり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    雪の日
ゆきつもる やつでのひろはおもたげに かさなりあいてにわしずかなり
雪つもる 八ツ手の広葉おもたげに 重なり合ひて庭静かなり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    雪の日
ゆきなだれ おおきおとすもよにかけて ゆきはしきりにふりているらし
雪なだれ 大き音すも夜にかけて 雪はしきりに降りてゐるらし
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    雪の日
ふるゆきを ついてわがゆくもわかきめの もすそのなまめきふとすれちがう
ふる雪を ついてわがゆくも若き女の 裳のなまめきふとすれちがふ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    春の空
はれかあめか まよいまよえるはるのそら ひざしをまちしかいなくくれける
晴か雨か 迷ひまよへる春の空 日射しを待ちし効なく暮れける
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    春の空
はなだいろに はれきわまれるそらのもと だいむさしのにはるみなぎらう
縹色に 晴れきはまれる空の下 大武蔵野に春みなぎらふ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    春の空
くさにねて あおげばそらとわれのみの あめつちなりけりもののおとなく
草に臥て あふげば空と吾のみの 天地なりけり物の音なく
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    春の空
かきのはの さらつのみどりひにはえて とのごとくすむそらにふるえる
柿の葉の 新つの緑陽に映えて 砥のごとく澄む空にふるへる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    春の空
いえいして たえがたきかもはるのそら ほどよくかすみてかぜそよろなり
家居して 堪へがたきかも春の空 ほどよく霞みて風そよろなり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    浅 春
せせらぎに はるのひびきありうらうらと みぎわのつちはまひをすいおり
せせらぎに 春のひびきありうらうらと 汀の土は真陽を吸ひをり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    浅 春
ちらちらと いけにふりこむはるのゆき あしのかれはにきゆるのはやき
ちらちらと 池にふりこむ春の雪 芦の枯葉に消ゆるのはやき
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    浅 春
ねこやなぎ いけてひさなりあおきめの ほそえにふくがいとなつかしき
猫柳 生けて久なり青き芽の 細枝にふくがいとなつかしき
   「松風」 2-2 S 8. 2.**    浅 春
うららかな そらさしかわすかれえだに にいめみいでしけさのよろこび
うらゝかな 空さし交す枯枝に 新芽みいでし此朝のよろこび
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    浅 春
ようりゅうの にいはのみどりひにはえて みぎわのかげにせりつむめのあり
楊柳の 新葉の緑陽にはえて 汀のかげに芹摘む女のあり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    浅 春
かれよもぎ のこれるままにみぞかわの つちのなだりにはるにじみいる
枯蓬 残れるままに溝川の 土のなだりに春にじみゐる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    浅 春
ややのびし むぎのはたけにひをあびて のうふいちにんそらあおぎおり
ややのびし 麦の畑に陽を浴びて 農夫一人空あふぎをり
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
ぜんせかいをやきつくすであろうたいまつ、いまぷすぷすもえあがろうとしている
全世界を焼き尽すであらう炬、今プスプス燃え上らうとしてゐる
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
じんむいらいのひじょうじにぶっつかるんだ おれたちは
神武以来の非常時にぶつつかるんだ 俺達は
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
しながほえるぞ これから ぎゅうにくをうんとくわされて
シナが吠えるぞ これから 牛肉をうんと食はされて
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
なんじゅうばいのてきにとびかかろうとするにほんのひそうなめんぼう
何十倍の敵に飛びかゝらうとする日本の悲壮な面貌
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
だいくうぐんじんがにほんのそらからおびやかすひがこないとだれがいいえるか
大空軍陣が日本の空から脅かす日が来ないと誰が言ひ得るか
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
しょうどとかするもの うちだのいっくがはっせんまんのむねにしみついてはなれない
焦土と化するもの 内田の一句が八千万の胸に沁みついてはなれない
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
じゅうすうねんもまえからこんにちをしっていたわれらのたまらないかんき
十数年も前から今日を知つてゐた吾等のたまらない歓喜
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
こうふんにほんはどこへゆくめをつぶってばくしんあるのみだ
興奮日本はどこへゆく眼をつぶつて驀進あるのみだ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
へいわのためにれんめいは はるまげどんのたたかいをうむのか
平和の為に聯〔連〕盟は ハルマゲドンの戦を生むのか
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
もぼもがよ おまえたちのすきなやんきーはいまにてきになるんだぜ
モボモガよ お前達の好なヤンキーは今に敵になるんだぜ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
これからいろいろのなんだいがにほんのこうふんのぜっちょうにあげてしまうだろう
これからいろいろの難題が日本を興奮の絶頂に上げてしまふだらう
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
だいにのせかいせんぜんそうきょくが かんこくしょでなくて なんだ
第二の世界戦前奏曲が 勧告書でなくて 何だ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
ぜんせかいにかつそろばんをにほんがもっている にほんのかみさまが
全世界に勝つ算盤を日本が有つてゐる 日本の神様が
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
いよいよとなりや かみかぜがふくんだ このにほんは
いよいよとなりや 神風が吹くんだ この日本は
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
かがくがでんとうのひかりならしんりきはたいようのひかりなんだぜにほんじんよ
科学が電灯の光なら神力は太陽の光なんだぜ日本人よ
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    時局と日本
いったんたたきのめされておきあがってせかいのめいしゅだいにほんていこくさ
一旦叩きのめされて起き上つて世界の盟主大日本帝国さ
松風和歌第7回 昭和8年2月
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    冬の街
だいびるを ふきすべるかぜにくびすくめ とぶがごとくにばすにのりけり
大ビルを 吹きすべる風に首すくめ 飛ぶが如くにバスに乗りけり
松風和歌第3回 昭和8年2月
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    雑 詠
いってんの こくうんさしつどよもせる よのうつろいをしずかにみるも
一点の 黒雲指しつどよもせる 世の移ろひを静かに見るも
明光新年文芸大会即詠和歌 昭和8年1月15日
    「松風」 2-2 S 8. 2.**    冬の夜
ひとたえて まなこさえぎるもののなき まちにかんげつやなみをえがくも
人絶えて 眼さへぎるものゝなき 街に寒月家並をゑがくも
     
昭和8年3月集
    「明光」 79号 S 8. 3. 1
ようりゅうの あたらしきはのややのびし かげことこととすいしゃまわれる
楊柳の 新らしき葉のややのびし かげことことと水車まはれる
    「明光」 79号 S 8. 3. 1
ねせりつむ おみなのほおのあかあかと ひにてらされてつちかぎろえる
根芹つむ 女の頬のあかあかと 陽にてらされて土かぎろへる
    「明光」 79号 S 8. 3. 1
はるのひかり みなぎらうそらはねのばし おおらかにまうとびをねてみつ
春の光 みなぎらふ空翼のばし おほらかに舞ふ鳶をねてみつ
    「明光」 79号 S 8. 3. 1
しもよけを とればさかんにつちもえて あねもねはめをふきだしており
霜よけを とればさかんに土もえて アネモネは芽をふき出してをり
第73回月並和歌 昭和8年2月6日
    「明光」 79号 S 8. 3. 1    野 菜
ささがわに なみのわたててさとのめの ねぎあらうなりあきのゆうぐれ
ささ川に 波の輪たてて里の女の 葱あらふなり秋の夕ぐれ
    「明光」 79号 S 8. 3. 1    野 菜
なのはたの あおあおとしてめにさゆる ふゆのあさなりわがいきしろき
菜の畠の 青あをとして目にさゆる 冬の朝なりわが息しろき
    「明光」 79号 S 8. 3. 1    野 菜
ゆびほどの きゅうりをかめばあじわいの ひとしおによきわがにわのもの
指ほどの 胡瓜をかめば味はひの ひとしほによきわが庭のもの
    「明光」 79号 S 8. 3. 1    雑 詠
ゆきつもる こだちのひまをたわたわと からすなくなりそらあかねさすも
雪積る 木立の間をたわたわと 烏なくなり空あかねすも
    「明光」 79号 S 8. 3. 1    雑 詠
はっこうに かげさしはなちいずるひの そらのすがたをいけにうつしたき
八紘に 光さしはなちいづる日の 空の姿を池にうつしたき
    「明光」 79号 S 8. 3. 1    雑 詠
ふかぶかと くちばをふめばにおいすも みあぐるこだちのそらのあかるさ
ふかぶかと 朽葉をふめばにほひすも 見あぐる木立の空のあかるさ
    「明光」 79号 S 8. 3. 1    雑 詠
ゆくすえや こしかたおもいふくるよを ひおけによりぬそとはあめなり
行末や こし方おもひ更くる夜を 火桶に寄りぬ外は雨なり
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    ○
ちきゅうのじんつうがよりはやくよりおおきくなりつつある
地球の陣痛がより速くより大きくなりつつある
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    ○
いちにちいちにち じゃーなりずむがとうしゃきかいになってゆく
一日一日 ジャーナリズムが謄写機械になつてゆく
新東京を詠む(三) 
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    荒 川
あらかわに かかるながはしからからと だいこんしろきくるまゆくなり
荒川に 架かる長橋からからと 大根白き車ゆくなり
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    荒 川
そのころの こづかっぱらをしのばんと すれどもあまりにまちのかわれる
そのころの 小塚原をし偲ばんと すれどもあまりに街のかはれる
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    荒 川
あかつちの なだりやさかのめだちにつ にっぽりかいわいまちのいろこき
赤土の なだりや坂のめだちにつ 日暮里界隈街の色濃き
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    蒲 田
あなもりの とりいあかきもはろかなる そらにはぎんよくゆうゆうすべる
穴守の 鳥居赤きもはろかなる 空には銀翼悠々すべる
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    蒲 田
もりがさきに ゆきしころおいかえりみて いまのわれはもうつろいにけり
森ケ崎に ゆきし頃ほひかへりみて 今の吾はもうつろひにけり
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    蒲 田
みなれたる ろくごうがわもゆうもやの かかりてはるのけしきとなれる
見なれたる 六郷川も夕靄の かかりて春の景色となれる
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    蒲 田
たまがわの やぐちあたりをはるゆけば げんげとみずのいろなつかしき
玉川の 矢口あたりを春ゆけば 紫雲英と水の色なつかしき
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    中 野
もくあみの はかおとなえばまつのはに しぐれのつゆのまだきらめくも
黙阿弥の 墓訪へば松の葉に 時雨の露のまだきらめくも
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    中 野
へいえいの たんしょうとうのひかりかも まちのおおぞらたえまもなくに
兵営の 探照灯の光かも 街の大空たえまもなくに
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    中 野
なまめかう まちをぬければやくしどう むかしのままのふりにしすがた
なまめかふ 町を抜ければ薬師堂 昔のまゝの古りにし姿
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    板 橋
とおみゆる やまなみよろしもあかばねの てっきょうふたつゆうひにしるき
遠みゆる 山並よろしも赤羽の 鉄橋二ツ夕陽にしるき
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    板 橋
ものここだ みぞこにすけてうすらびの さしてしずかなさんぽうじいけ
藻のここだ 水底にすけてうすら陽の さして静な三宝寺池
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    板 橋
せせらぎの しゃくじいがわにそいながら はるたずねんかとしまえんてい
せせらぎの 石神井川に添ひながら 春訪ねんか豊島園庭
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    向 島
すみだがわ くろきながれにありしひの さくらがりせしころのしのばゆ
隅田川 黒き流にありし日の 桜狩せし頃のしのばゆ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    板 橋
みめぐりや もくぼじあたりかんじゃくの いえのたまたまあるがなつかし
三囲や 木母寺あたり閑寂の 家のたまたまあるがなつかし
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    板 橋
わたしぶね ゆらりゆらりとうすがすむ おうていのはるによいしえどびと
わたし舟 ゆらりゆらりとうすがすむ 桜堤の春に酔ひし江戸人
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    庭めぐむ
たかむらを くろくえがけるまるまどの あかるきまひるをしずかにいるも
篁を 黒くゑがける丸窓の 明るき真昼を静にゐるも
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    庭めぐむ
そうしゅんの ひかりみそらにほのめくが もみじのこまえにすけてよろしも
早春の 光み空にほのめくが 紅葉の細枝にすけてよろしも
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    庭めぐむ
ささやかな どばしのへりのしばくさに はるはようやくうごきそめける
ささやかな 土橋の縁の芝草に 春はやうやくうごき初めける
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    庭めぐむ
まーがれっとの ふゆはここだもしろきはな さきむるるひをたのしとおもう
マーガレットの 冬葉ここだも白き花 咲きむるゝ日をたのしとおもふ

    「松風」 2-3 S 8. 3.**    庭めぐむ
いけおきし ねずみやなぎにめのふきて いけのみぎわにそとさしにけり
生けおきし 鼠柳に芽のふきて 池の汀にそと挿しにけり
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    庭めぐむ
やまぶきの しだるるこまえをおりおりに ゆるがせゆくもはるのあさかぜ
山吹の しだるる細枝をりをりに ゆるがせゆくも春の朝風
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    子
こはるびの あかるきにわにおりんとす あこかけよりてせなにつかまる
小春日の 明るき庭に下りんとす 吾子かけよりて背につかまる
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    子
おのがじし もらるるそさいにききとして ゆうげするこらほほえまいみつ
おのがじし 盛らるる廉菜に嬉々として 夕餉する子らほほゑまひみつ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    子
たまたまの そとでにおどるこどもらは ういんどーのまえにたちてうごかず
たまたまの 外出にをどる子供らは ウインドーの前に立ちてうごかず

    「松風」 2-3 S 8. 3.**    わが性
こころあわぬ ひとにふるるをことさらに いとうわがさがときおりなげかう
心合はぬ 人にふるるを殊更に いとふわが性時折なげかふ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    わが性
われをいる つめたきひとみをひとのかげに さけいるよわきさがをもつなり
吾を射る つめたき眸を人のかげに 避けゐる弱き性をもつなり
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    わが性
そうねんの とけあうおもうどちたちと あさはるのよをさざめきふかす
想念の とけ合ふおもふどち達と 浅春の夜をさざめきふかす
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    わが性
わがままな さがきためんとさんじゅうねん つとめつとめておもうにまかせず
わがまゝな 性きためんと三十年 つとめつとめておもふにまかせず
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    わが性
われをしる ひとのみまことのともとして まじわりにつついまをたらえる
吾を知る 人のみまことの友として 交りにつゝ今を足らへる
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    わが性
よのひとと へだたりおおきわがさがに ひきこもごもにわきもするなり
世の人と へだたりおほきわが性に 悲喜こもごもに湧きもするなり
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    インテリ
いんてりのあおじろいかおが みぎをむいたりひだりをむいたりしていることよ
インテリの蒼白い顔が 右を向いたり左を向いたりしてゐる事よ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    インテリ
いったいまるくすのべんしょうほうはどこへいったんだ はくぶつかんか
一体マルクスの弁証法は何処へいつたんだ 博物館か
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    インテリ
ばーなーど・しょうはようするにいぎりすのべらんめーさ
バーナード・ショウは要するに英国のベランメーさ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    インテリ
しぎというばいきん こいつをさっきんするやくざいはないのか
市議といふ黴菌 コイツを殺菌する薬剤はないのか
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    インテリ
いっさいはやりなおしでござる もうこうやくのたねはつきたのさ
一切はやりなほしで御座る もう膏薬の種は尽きたのさ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    インテリ
あかはじめじめとしんじゅんてきに しろはなつのひのようしゃくしゃくてきだ
赤はジメジメと浸潤的に 白は夏の日のやう灼爍的だ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    インテリ
うちゅういしがとっぺんしかけているぜ いんてりたちよ
宇宙意志が突変しかけてゐるぜ インテリ達よ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    代議政体
ぎかいせいじはかいしょうしてしまったのをしらないぎかいせいじかぐん
議会政治は解消してしまつたのをしらない議会政治家群
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    代議政体
だいぎしはへいたいのようによくとうせいされたもんだ あらきたいしょうに
代議士は兵隊のやうに能く統制されたもんだ 荒木大将に
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    代議政体
ひびやのろぼっとのせいさくにん あらきりくぐんだいじんかっか
日比谷のロボットの製作人 荒木陸軍大臣閣下
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    代議政体
せいとうせいじなんてものはいくらさがしたってありやしない しょうわはちねんのはる
政党政治なんてものはいくら探したつてありやしない 昭和八年の春
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    世 界
ぐんしゅくでにほんをおさえつけようとまっくがい、ふつ、どくをだしにしている
軍縮で日本を押へつけようとマツクが伊、仏、独をダシにしてゐる
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    世 界
べいこくのいんふれ こいつぐんびかくちょうにはもってこいのこうじつさ
米国のインフレ こいつ軍備拡張にはもつてこいの口実さ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    世 界
ひっとらーのあのめとむっそりにのあのめとどっちだ
ヒットラーのあの眼とムツソリニのあの眼とドツチだ
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    世 界
しょうかいせきがじよくとこっかいしきとをはかりにかけてかんがえている
蒋介石が自欲と国家意識とを秤にかけて考へてゐる
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    世 界
かいていのおうごんがあがったときもうきんほんいではなかったとさ
海底の黄金が揚つた時もう金本位ではなかつたとさ
松風和歌第8回 昭和8年3月
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    浅 春
たんばいに ゆかんもさむしみすぐるも おしとまよいつひのたちてゆく
探梅に ゆかんも寒し見すぐるも 惜しとまよひつ日のたちてゆく
松風和歌第4回 昭和8年3月
    「松風」 2-3 S 8. 3.**    雑 詠
へいぼんな わざいまくりかえすわれありて そのひそのひのたちてゆくかな
平凡な 業今くりかへす吾ありて 其日その日の経ちてゆくかな
昭和8年4月集
    「明光」 80号 S 8. 4. 1
ゆうげすみて えんにいでんとするほほを つきのひかりのつめたくてらす
夕餉すみて 縁に出でんとする頬を 月の光のつめたく照す
    「明光」 80号 S 8. 4. 1
みちしおに ふくれあがれるかわおもに ひとしきりきてきひびかいにけり
満潮に ふくれあがれる川面に ひとしきり汽笛ひびかひにけり
第74回月並和歌 昭和8年3月6日
    「明光」 80号 S 8. 4. 1    家
ときわぎの あおさながるるいえぬちに ひそひそたぎるまつかぜのおと
常磐木の 青さながるる家ぬちに ひそひそたぎる松風の音
    「明光」 80号 S 8. 4. 1    家
ゆうがすみ おかべにみゆるわがいえの なつかしきひよいもやこらおもう
夕がすみ 丘べに見ゆるわが家の なつかしき灯よ妹や子ら思ふ
    「明光」 80号 S 8. 4. 1    雑 詠
つきかげの しろじろながれはなさかる ねぎのはたけのあかるくつづく
月光の 白じろながれ花さかる 葱の畠のあかるくつづく
    「明光」 80号 S 8. 4. 1    雑 詠
せきすれば こだましにけりふゆがれの はやしのあさはひっそりとして
咳すれば こだましにけり冬枯の 林の朝はひつそりとして
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    桜
ひとこうし このよいそとははるさめの しとしとふりてなまあたたかき
人恋ふし この宵外は春雨の しとしとふりてなまあたたかき
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    桜
ひっそりと ひとのいぬへやひろがりて となりのさくらいまさかりなり
ひつそりと 人のゐぬ部屋ひろがりて 隣の桜今さかりなり
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    桜
ほがらかな はるのあさそらにいくすじも やなぎのえだのかかりてうごかず
ほがらかな 春の朝空にいくすぢも 柳の技のかかりてうごかず
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    
桜にわにさかる さくらのはなをふきあまる かぜはわがいるへやにとどまる
庭にさかる 桜の花をふきあまる 風はわが居る部屋にとどまる
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    桜
はなぐもる そらひをなめてうっとうし さくらはようやくちらんさまなり
花曇る 空日を並めてうつたうし 桜はやうやく散らんさまなり
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    桜
まつのえの みどりのいろにすけてみゆ はなのさかりはこよなくよろし
松の枝の 緑の色にすけてみゆ 花のさかりはこよなくよろし
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    桜
しっとりと あさつゆふくむさくらばな たまたまちるがなまめくみゆる
しっとりと 朝露ふくむ桜花 たまたま散るがなまめく見ゆる
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
さみだれは そらにけむるもガラスどを とおしてむねにしみいるごとし
五月雨は 空にけむるも硝子戸を とほして胸にしみいるごとし
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
びわのはは いとおもたげにゆれもなく しょうしょうとしてきょうもあめふる
枇杷の葉は いとおもたげにゆれもなく 瀟々として今日も雨ふる
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
つりびとに ふたりまであいぬまちはずれの みちはさびしくあめしきりなり
釣人に 二人まで遭ひぬ町はづれの 路はさびしく雨しきりなり
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
あおあおと かわはながれついかだぶね おおいわひとつをこゆるのはやき
あをあをと 河は流れつ筏舟 大岩一つを越ゆるのはやき
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
こだちみな かげえのごとしはしこえて くるひとのありみのかさをきて
木立みな 影絵のごとし橋越えて くる人のあり簑笠を着て
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
はざくらの つつみをゆけばあめしずく おりおりかさにあたればおびえる
葉桜の 堤をゆけば雨雫 をりをり傘にあたればおびえる
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
さみだれに ねおんのひすじにじまいて まちのやなみはもくすがごとし
五月雨に ネオンの火筋にじまひて 街の家並は黙すがごとし
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
まつのはに たまるしずくのばらばらと はりどにあたりてあめやみたらし
松の葉に たまる雫のばらばらと 玻璃戸にあたりて雨やみたらし
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    五月雨
さみだれは きょうもふりつつきりのはな おとなくちるがなにかさみしき
五月雨は 今日もふりつつ桐の花 音なくちるが何かさみしき

    「松風」 2-4 S 8. 4.**    苔
ひとえだの やなぎをさしてこけつきし つちはそのままそとかむせけり
一枝の 柳をさして苔つきし 土はそのままそとかむせけり
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    苔
たかむらの かげのあたりはことさらに こけのいろはもあおあおとして
篁の かげのあたりは殊更に 苔の色はも青々として
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    苔
やまどうろうの こけふかふかとなりあめのひは いけのみずよりなおあおずめる
山灯籠の 苔ふかふかとなり雨の日は 池の水よりなほ青ずめる
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    苔
うらにわは ひとのあゆまずめずらしき こけいちめんにはなさえもみゆる
裏庭は 人の歩まず珍らしき 苔一面に花さへもみゆる
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    苔
つくばいの みずごけひざしにあおあおと しずかにみればゆらぎさえあり
つくばひの 水苔日ざしに蒼々と 静に見ればゆらぎさへあり
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    朝
ふかぎりを すいながらあさのみちゆけば とあるへいうえきんもくせいさく
深霧を 吸ひながら朝の路ゆけば とある塀上金木犀咲く
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    朝
ひえびえと さつきのあさはまださむき わかばのみどりにつゆきらめくも
ひえびえと 五月の朝はまだ寒き 若葉の緑に露きらめくも
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    朝
とをくれば ありあけのつきそらにありて このはのゆらぎみえぬしずけさ
戸をくれば 有明の月空にありて 木の葉のゆらぎみえぬ静けさ
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    朝
がらがらと くるまのおとしぬひっそりと まだあけやらぬそとものけはい
がらがらと 車の音しぬひつそりと まだ明けやらぬ外面のけはひ
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    朝
ほしうする そらをみあげつむねはりて すがしきあさけすうぞはてなに
星うする 空をみあげつ胸はりて すがしき朝気吸ふぞはてなに
 
“The Times”
Pine Breeze, Volume 2, Number 4, April 1933
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    世相  more
ひややかに われはききおりまゆあげて ともはせそうをなげきてやまず
冷やかに 吾はききをり眉あげて 友は世相をなげきてやまず
Coldly I listen. / Raising his eyebrows, / My friend cannot / Stop keenly deploring / The feeling of the times.
 
だいじょうに あらずしょうじょうにまたあらぬ きょうちのありやとともはといけり
大乗に あらず小乗に又あらぬ 境地のありやと友は問ひけり
Is there a state / Niether daijo / Nor shojo, / My friend / Asks me. 
 
むらさめの それのごとくにむねすぎぬ われをあやまるひとのことのは
村雨の それのごとくに胸すぎぬ 吾を誤まる人の言の葉
The comments of those / Who misunderstand / My passion falls / Off me something / Like a passing shower.
      
そのひとに よかれとおもいすることの あだとなるこそいともくやしき
その人に 善かれとおもひする事の あだとなるこそいともくやしき
How so vexing / It is that what was / Thought by that person / To be good has turned out / To be so counterproductive.
 
昭和8年3月18日

    「松風」 2-4 S 8. 4.**    ○
りゅうこうのぼうしをかうように ちょうがくりょうがふぁっしょをかいにいった
流行の帽子を買ふやうに 張学良がフワツショを買ひにいつた
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    ○
せかいてきいどばたかいぎさ ぐんしゅくとそうしてけいざいかいぎ
世界的井戸端会議さ 軍縮とさうして経済会議
    「松風」 2-4S 8. 4.**    ○
はえよりもうるさいもの とうきょうしぎごく
蝿よりもうるさいもの 東京市疑獄
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    ○
さいとうがえらいからつづくんじゃない あとがまがみあたらないからなんだ
斎藤が偉いからつづくんぢやない 後釜が見当らないからなんだ
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    ○
ふぁっしょがいんふれになって まるきしずむがでふれになっちゃった
フワツショがインフレになつて マルキシズムがデフレになつちやつた
松風第9回和歌 昭和8年4月 
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    摘 草
つみくさに いもやこつれてゆきしひの ころのゆとりをふといまおもう
摘草に 妹や子つれてゆきし日の 頃のゆとりをふと今おもふ
松風和歌第5回 昭和8年4月
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    雑 詠
ひとこうる なやみをしりてむねのとを いかしくしめつわれはきにけり
人恋ふる なやみをしりて胸の扉を いかしく締めつ吾は来にけり
歌会即詠第7回 昭和8年4月
    「松風」 2-4 S 8. 4.**    蝶
ちょうひとつ わがへをすぎぬひらひらと はなにかくろうまでをたちおり
蝶一つ わが辺をすぎぬひらひらと 花にかくろふまでを立ちをり
昭和8年5月集
    「明光」 81号 S 8. 5. 1
むぎあおき はたけのこみちしめらいて はるのあさつびまだうすらなり
麦青き 畑の小径しめらひて 春の朝つ陽まだうすらなり

    「明光」 81号 S 8. 5. 1
めぶきする もろきのこずえをすがしみて えんにたちけりあしたをはやみ
芽ぶきする 諸木の梢をすがしみて 縁にたちけり朝をはやみ
    「明光」 81号 S 8. 5. 1
ぼうとれば はなびらひとつひらひらと たたみにおちぬなにかはしたし
帽とれば 花びら一つひらひらと 畳に落ちぬ何かはしたし
第75回月並和歌 昭和8年4月11日
    「明光」 81号 S 8. 5. 1    煙 草
とうげこせば めじひろらかなながめなる いわにやすらいまずたばこすう
峠越せば 眼路ひろらかな眺めなる 岩にやすらひ先づ煙草喫ふ
    「明光」 81号 S 8. 5. 1    煙 草
ほかりほかり ふかすしがーのかおりに わたしのかんがえがまとまっている
ほかりほかり 吹かすシガーの香に 私の考へがまとまつてゆく
    「明光」 81号 S 8. 5. 1    雑 詠
あせばめる てにとりあげしよめなぐさ はるのにおいのほのかにしたし
汗ばめる 手にとりあげし嫁菜草 春の匂ひのほのかにしたし
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    初 夏
まるまどの そとはしいがきあおあおと しげらいてすがしかぜへやをすぐ
丸窓の 外は椎垣あをあをと 茂らひてすがし風部屋をすぐ
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    初 夏
かじんらの わらいのどよみひとりねの にかいにききてあかるかりける
家人らの 笑ひのどよみ独り居の 二階にききて明るかりける
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    初 夏
はつなつの ひはなごやかにながらいて あおしばのえにととたわむるる
初夏の 陽はなごやかにながらひて 青芝の上に兎とたはむるる
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    初 夏
もののけの おりおりおそうけはいすも やはんのへやにひとりふみよむ
物の怪の をりをりおそふけはひすも 夜半の部屋にひとり書読む
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    初 夏
しみつきし こころのちりもうまいにて ぬぐわれたりしほがらかなあさ
しみつきし 心の塵も熟睡にて ぬぐはれたりしほがらかな朝
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    初 夏
たまたまに あさおきすればにわがきの やまにれわかばのひかるがまぶし
たまたまに 朝起すれば庭垣の 枢若葉の光るがまぶし
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    浴 後
ゆあみして はだえもかろくえんばなに あおばにむかいうっとりといる
浴みして 肌もかろく縁端に 青葉にむかひうつとりとゐる
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    浴 後
わがからだ ふとりけるとていもいうに はらなどはりつかがみにむかう
わが裸体 太りけるとて妹言ふに 腹などはりつ鏡にむかふ
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    浴 後
ぬれがみに くしをいるればさわやかな にわかぜながきかみのけなぶる
濡れ髪に 櫛を入るればさはやかな 庭風ながき髪の毛なぶる
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    桐の花
さきそろい きりのはなうるわしむらさきの あおばをけしていろなおはゆる
咲きそろひ 桐の花美はし紫の 青葉を消して色なほ映ゆる
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    桐の花
きりのはな ちるゆうぐれはあきのころ かれはのちるにさみしさかよう
桐の花 ちる夕ぐれは秋のころ 枯葉のちるにさみしさかよふ
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    桐の花
さみだるる にわかぜなきにはらはらと はなちらすなりきりのおおきは
さみだるる 庭風なきにはらはらと 花ちらすなり桐の大樹は

    「松風」 2-5 S 8. 5.**    朝 月
かきわかば つゆにひかりてすみきらう そらほのかにもあさつきのこる
柿若葉 露にひかりて澄みきらふ 空ほのかにも朝月のこる
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    朝 月
きりはれて やまのすがたもあきらかに あかねにあさづききえんとすなり
霧はれて 山の姿もあきらかに 茜に朝月きえんとすなり
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    朝 月
あさまだき うみもやふかしみあぐれば ますとにかかるつきのありけり
朝まだき 海靄ふかし見上ぐれば マストにかかる月のありけり
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    朝 月
あかときの やまのぼりゆけばいただきに みえがくれするつきにめひかる
あかときの 山のぼりゆけば巓に みえがくれする月に眼ひかる
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    朝 月
とのごとき こめんにちさくあさづきの うつりてやまはいとしずかなり
砥のごとき 湖面に小さく朝月の うつりて山はいと静なり
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    夕 月
つきとしも おもえぬばかりまちのはてを おれんじいろのおおきえんのぞく
月としも 思へぬばかり街のはてを オレンヂ色の大き円のぞく
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    夕 月
ゆうもやの たんぼはやみになりにけり つきはしずかにささがわにうく
夕靄の 田圃は暗になりにけり 月は静かに小川にうく
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    夕 月
もりのいろ くろみたりけりややはなれ ふつかのつきのかすかなひかり
森の色 黒みたりけりややはなれ 二日の月のかすかなひかり
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    夕 月
えんとつの けむりうすらにいつかごろの つきのあたりのそらにながらう
煙突の 煙うすらに五日ごろの 月のあたりの空にながらふ
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    夕 月
くもすこし ただようそらのあかるくて いずこかつきのてらすがしるる
雲少し ただよふ空の明るくて いづこか月のてらすがしるる
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    ヒットラー
だんだんちへいせんじょうどっしりとしてくるぐうぞうひっとらー
だんだん地平線上どつしりとしてくる偶像ヒットラー
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    ヒットラー
えいやふつがにがいかおしてみてる だだっこひっとらー
英や仏がにがい顔して視てる 駄々ツ子ヒットラー
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    ヒットラー
がくしゃなんかへともおもわない ひっとらーのべらんめーぶり
学者なんか屁とも思はない ヒットラーのベランメーぶり
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    ヒットラー
とびはなれたかるわざし あどるふひっとらー
飛びはなれた軽業師 アドルフ・ヒットラー
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    ヒットラー
ヨーロッパをのんでいるひっとらーのあのちいさなくち
欧羅巴を呑んでゐるヒットラーのあの小さな口
昭和8年5月18日
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    荒木と松岡
やっとにほんじんらしいにほんじんをみつけた あらきと まつおか
やつと日本人らしい日本人をみつけた 荒木と 松岡
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    荒木と松岡
ぴちぴちいきているんだ あらきとそうして まつおか
ピチピチ生きてゐるんだ 荒木とさうして 松岡
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    荒木と松岡
あらきがしゅしょうでまつおかががいむで ぜんせかいをあいてにするかな
荒木が首相で松岡が外務で 全世界を相手にするかな
松風第10回和歌 昭和8年5月
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    藤
ひのもとに ばかりあることききてより こころしてみるふじのはなはも
日本に ばかりあることききてより 心して見る藤の花はも
松風和歌第6回 昭和8年5月
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    雑 詠
かえりきて あせのにじまうわがはだぎ さとぬぎすててあおばにむかう
帰りきて 汗のにじまふわが肌着 さとぬぎすてて青葉にむかふ
歌会即詠第8回 昭和8年5月16日
    「松風」 2-5 S 8. 5.**    夜 桜
おぼろよの さくらのしたをそぞろくる しろいおもわはそのひとなりけり
おぼろ夜の 桜の下をそぞろくる 白き面わは其人なりけり
第76回月並短歌 昭和8年5月7日
    「明光」 82号 S 8. 6. 1    島
いちまつの かげさしてふねひとは めざすしまとうみなむねはるも
一抹の かげ指さして舟人は 目ざす島とふみな胸はるも
    「明光」 82号 S 8. 6. 1    島
しまやまの だんだんばたのかげろうが てにとるごとしはるのふなじに
島山の だんだん畑のかげろふが 手にとるごとし春の舟路に
   「明光」 82号 S 8. 6. 1    雑 詠
むぎのほの うえそよそよとわたりくる かぜにふかれてはるのしたしさ
麦の穂の 上そよそよとわたりくる 風にふかれて春のしたしさ 
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    夏の女
ひのまちを あでなゆかたのおみなゆく うしろすがたにむねときめかす
灯の街を あでな浴衣の女ゆく 後姿に胸ときめかす
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    夏の女
もりあがる にくせんみずぎにしっくりと うみべのすなにうちふすおみな
もりあがる 肉線水着にしつくりと 海辺の砂にうち臥女
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    夏の女
しゃのきぬの おみなすずしげたそがれの うちみずのみちつつましくゆく
紗の衣の 女涼しげたそがれの 打水の路つゝましくゆく
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    夏の女
ゆうやみに おぼろげなればみちをゆく なつのおみなのみなよしとみるも
夕闇に おぼろげなれば路をゆく 夏の女のみな美しとみるも
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    夏の女
えんだいに うちわをもてるいろしろき おみなのおもわゆうやみにうく
縁台に 団扇をもてる色白き 女のおもわ夕闇に浮く
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    夏の女
かわぶねに ものあらいいるおみなあり なつのゆうひにはぎのまあかき
川舟に 物洗ひゐる女あり 夏の夕陽に脛のまあかき
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    河原撫子
ひでりがわ ながれほそみていみじくも さきいでにけりかわらなでしこ
ひでり川 流れ細みていみじくも 咲きいでにけり河原撫子
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    河原撫子
はつはつに ながれにそいていくつかの なでしこのはなかわらにさける
はつはつに 流れにそひていくつかの 撫子の花河原に咲ける
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    河原撫子
ゆうづきの ひかりはあわしなでしこの はなほのめきてつゆぐさそよげる
夕月の 光は淡し撫子の 花ほのめきて露草そよげる
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    河原撫子
よなよなを つきのしずくにいきついて あさをにおえるかわらなでしこ
夜な夜なを 月の雫にいきついて 朝を匂へる河原撫子
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    河原撫子
かれもせで ひとりかわらにさきつづく なでしこのはなのちいさきいのち
枯れもせで ひとり河原に咲きつゞく 撫子の花の小さきいのち
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    山の湖
なめらかな とのものごとくこはすみて そらももりはもあざやかにうつれる
なめらかな 砥面のごとく湖はすみて 空も森はも鮮かにうつれる
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    山の湖
なつやまの しげみにすけてきららきらら さざなみひかるみずうみのおも
夏山の 茂みにすけてきららきらら 小波光る湖の面
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    山の湖
りゅうすむか みずどすぐろきやまあいの こにかぜなりてしらくもはしる
竜すむか 水どすぐろき山間の 湖に風なりて白雲はしる
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    山の湖
もーたーの ひびきこだましこんぺきの こをふねゆけばきりのつめたき
モーターの 響こだまし紺碧の 湖を舟ゆけば霧のつめたき
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    山の湖
にじのごとき いろのみずうみまなしたに みつあえぎのぼるおくしらねだけ
虹のごとき 色の湖眼下に 見つあへぎのぼる奥白根嶽
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    山の湖
やまのみち つくればひろびろふくれいる ちゅうぜんじこはこのまにすける
山の路 つくればひろびろふくれゐる 中禅寺湖は木の間にすける
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    滝
どうどうと はくえんたてつふりおつる たきのしぶきにわがおもぬるる
どうどうと 白煙たてつふりおつる 滝のしぶきにわが面濡るる
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    滝
おおぞらに もりあがりもりあがりなだりおつる たきをみあげてただうつろなり
大空に もりあがりもりあがりなだりおつる 滝を見あげてただ空ろなり
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    滝
いわひだを しろくあやしてたきみずの おつるがよろしもみじにすけて
岩ひだを 白く綾して滝水の おつるがよろし紅葉にすけて
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    滝
あわゆきの ごとくにおつるおおたきを かすめてむらむらいわつばめとべる
泡雪の ごとくにおつる大滝を かすめてむらむら岩燕とべる
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    滝
たきつせの きおいくじけるひとところ ぬるるいわごけまさおなりけり
滝津瀬の きほひくじけるひとところ 濡るる岩苔真青なりけり

昭和8年6月19日
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
せいゆうかいがもだえきって なつはようしゃなくせまってくる
政友会がもだえきつて 夏は容赦なくせまつてくる
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
がいこくてきにほんじんのこえいがさみしい こうどうのこえがあがってきた
外国的日本人の孤影がさみしい 皇道の声があがつてきた
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
にほんのアジアしゅぎにこうふんするであろうインドにこうふんするであろういぎりす
日本の亜細亜主義に興奮するであらう印度に興奮するであらう英国
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
さのなべやまらのてんこうにおどろく にほんよりもそびえっとではある
佐野鍋山らの転向におどろく 日本よりもソビエツトではある
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
こんみんたーんのとりっくにきのつくのにじゅうよねんかかったんだとさ
コンミンターンのトリックに気のつくのに十余年かかつたんだとさ
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
こうどうせいしんがせかいさいごのしそうをりーどする ゆかい
皇道精神が世界最後の思想をリードする 愉快
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
とよあしはらなかつくにのさんぎょうしんしゅつにまごつくろうきゅうだいえいていこく
豊葦原中津国の産業進出にまごつく老朽大英帝国
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
かたてでふけいきをつくって かたてでけいきをだそうとする はくじんのちのう
片手で不景気を作つて 片手で景気を出さうとする 白人の智能
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    ○
きのうのそんざいでしかなくなった せいとうじんとまるきしずむぐん
昨日の存在でしかなくなつた 政党人とマルキシズム群
松風第11回和歌 昭和8年6月
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    蛙
とぎれとぎれ かえるのないてさなえふく かぜすこしありゆうづきあわし
とぎれとぎれ 蛙の鳴いて早苗ふく 風少しあり夕月あはし
松風和歌第7回 昭和8年6月
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    雑 詠
おもうこと かなうたまゆらひそかなる さみしさのわくこころとうもの
おもふ事 かなふたまゆらひそかなる さみしさの湧く心とふもの
歌会即詠第9回 昭和8年5月16日
    「松風」 2-6 S 8. 6.**    鮎
ふねはいま あおさきわまるとろにあり うはしきりなくあゆくわえくる
舟は今 青さきはまる瀞にあり 鵜はしきりなく鮎くはへくる
昭和8年7月集
    「明光」 83号 S 8. 7. 1
うまいして ほがらにさめしこのあした みそのかおりのいとしたしくも
熟睡して ほがらにさめしこの朝 味噌のかをりのいとしたしくも
    「明光」 83号 S 8. 7. 1 
あさあけの なつのやまじはすがしけれ しゃくなげあざみきりにぬれいて
朝あけの 夏の山路はすがしけれ 石楠花薊霧にぬれゐて
    「明光」 83号 S 8. 7. 1
つきあかり ほのかにさしてはつなつの かぜかーてんになるがすがしも
月明り ほのかにさして初夏の 風カーテンに鳴るがすがしも
    「明光」 83号 S 8. 7. 1
はらはらと まつのしずくのふきのはに あたるがきこえあめやみぬらし
はらはらと 松の雫の蕗の葉に あたるがきこえ雨やみぬらし
    「明光」 83号 S 8. 7. 1
つかれたる めにしみらなりつゆばれの にわのあおばのいよよふかみて
つかれたる 眼にしみらなり梅雨ばれの 庭の青葉のいよよふかみて
    「明光」 83号 S 8. 7. 1
さみだれは まだふりやまずまどぎわの ばしょうのひろはおもたくたるる
五月雨は まだふりやまず窓ぎはの 芭蕉の広葉おもたくたるる
    「明光」 82号 S 8. 6. 1
かわなりの あめかとおもうもゆのやどに いまだなずまずありにけるかも
川鳴りの 雨かとおもふも温泉の宿に いまだなづまずありにけるかも
 
Poems from the Meikôsha Society 77th Monthly Meeting
June 7, 1933
第77回月並短歌 昭和8年6月7日
    「明光」 83号 S 8. 7. 1    帽子 more
CHIRARI HORARI SHÔSEI NO BÔ KIRI NO MA NI MIETE HARE YUKU JINGÛ NO ASA
ちらりほらり 昭青の帽霧の間に 見えてはれゆく神宮の朝
Scattered here and there / Through the mist, / Navy blue caps / Appear, morning / Clears at the shrine.
     
NIDO MADE MO KURIININGU NO BÔ KABURI HAJIRAI NO NAKI WARE TO NARI KERI
二度までも クリーニングの帽かむり はぢらひのなき吾となりけり
Wearing a cap / That has been / Cleaned twice, / Become I one who is / Not at all self-conscious.
     
FUJI NAMI NI EBOSHI WA FUREN BAKARI NITE MATSURI TSUKASA RA HASHI NI KAKARU MO
藤波に 烏帽子はふれんばかりにて 祭司ら橋にかかるも
Carrying thoughts only / Of avoiding the hanging / Wisteria with their / Ceremonial headgear, / Worship leaders cross the bridge.
     
BÔ TORITE KEIREI SENTO FUTO KIZUKI SEINEN FUKU NO WAREWA MO HOHOEMU 
帽とりて 敬礼せんとふと気づき 青年服の吾はも微笑む
Taking off my cap, / Just as I am about to bow, / I suddenly notice, and / In young men’s clothing, / I smile.
   
    「明光」 83号 S 8. 7. 1    雑 詠
ほがらかさ むねにしむるもあさばれの さつきのそらはあおばにすける
朗らかさ 胸にしむるも朝ばれの 五月の空は若葉にすける
    「明光」 83号 S 8. 7. 1    雑 詠
みぎわふく かぜあるらしもわかあしの めのさみどりはいずれもゆらぐ
汀吹く 風あるらしも若葦の 芽のさ緑はいづれもゆらぐ
    「明光」 83号 S 8. 7. 1    雑 詠
にかいより みおろすわれにうないごは てをさしのべてだかれんとすも
二階より 見下す吾にうなゐ児は 手をさしのべて抱かれんとすも

    「松風」 2-7 S 8. 7.**    朝 顔
さきたての あさがおのまえにわれありて きりのしめりにふとほおなずる
咲きたての 朝顔の前に吾ありて 霧のしめりにふと頬なづる
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    朝 顔
あさがおの はなのうえはうにいづるを ゆびもてつめばあおきかのする
朝顔の 花の上はふ新蔓を 指もてつめば青き香のする
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    朝 顔
ひのさせば はなのしぼむがはかなかり おみなのさだめかあわれあさがお
陽のさせば 花のしぼむがはかなかり 女の運命かあはれ朝顔
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    朝 顔
あさがおに むかうわれのみいまありて このあめつちのひそかなるなり
朝顔に むかふ吾のみ今ありて この天地のひそかなるなり
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    朝 顔
たいりんの あさがおつみてへやぬちに かざればつまはものいいかくる
大輪の 朝顔つみて部屋ぬちに かざれば妻はものいひかくる
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    朝 顔
さきつぐる あさがおめぐしさりながら なつははなにもたけにけるかな
咲きつぐる 朝顔めぐしさりながら 夏は花にもたけにけるかな
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    山寺の夏
ろうそうの しろひげふるえつゆうぐれの にわにむかいてもくもくといる
老僧の 白髯ふるへつ夕ぐれの 庭にむかひて黙々とゐる
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    山寺の夏
このてらの ふるきかいろうふきぬくる かぜにひえありせみなきしきる
この寺の 古き廻廊ふきぬくる 風に冷あり蝉鳴きしきる
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    山寺の夏
なもしらぬ つるものおおきにわいしに はびこりてよろしこのてらのにわ
名もしらぬ 蔓もの大き庭石に はびこりてよろしこの寺の庭
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    山寺の夏
しめやかに ろうそうとわがかたりおり へやはおぐらくひぐらしのなく
しめやかに 老僧とわが語りをり 部屋はをぐらく蜩の鳴く
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    山寺の夏
やまでらの よはしんかんとふくろうの なくがわびしくふけりゆくなり
山寺の 夜はしんかんと梟の 啼くがわびしくふけりゆくなり
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    山寺の夏
かけじくの だるまのまえにしずもりて あしたをいればみそのかなつかし
掛軸の 達磨の前に静もりて 朝をゐれば味噌の香なつかし
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    白 雨
ゆうだちの けはいすらしもこのはみな ざわめきたちてかぜにひえあり
白雨の けはひすらしも木の葉みな ざはめきたちて風に冷あり
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    白 雨
なつくさの なえたるままにきょうもまた くもひろごらずくれにけるかな
夏草の 萎えたるままに今日も又 雲ひろごらず暮れにけるかな
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    白 雨
ゆうだちに にわあらわれてすがすがし とびいしのこけひにあおくはゆ
白雨に 庭洗はれてすがすがし 飛石の苔日に青く映ゆ
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    白 雨
ふりいずる このゆうだちにあいぜんし うるおもうどちいかにあらめや
ふりいづる この白雨に愛善紙 売るおもふどち如何にあらめや
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    白 雨
ゆうづきの こよいのそらのさやかなる きょうゆうだちのふりしなりけり
夕月の 今宵の空のさやかなる 今日白雨のふりしなりけり
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    白 雨
あめのひの にわみつあればあじさいの はなのしずくはむらさきにおつ
雨の日の 庭見つあれば紫陽花の 花の雫はむらさきにおつ
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    日盛り
ほそうろは ひにもえたぎりすずかけの かげのみしるくひとあしたえける
舗装路は 陽にもえたぎり篠懸の 影のみしるく人足絶えける
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    日盛り
きんぎょうり やすらうこかげにまちをゆく ひとはおおかたたちよりにける
金魚売 やすらふ木蔭に街をゆく 人は大方たちよりにける
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    日盛り
たいようの かがやききびしなつくさの いくせんつぼはなえんとすなり
太陽の かがやききびし夏草の 幾千坪はなえんとすなり
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    日盛り
ひびかいて とらっくゆきぬひざかりの まちにかげなくやなぎもゆれず
ひびかひて トラックゆきぬ日盛りの 街にかげなく柳もゆれず
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    日盛り
かわきたる にわのももぐさちからなく ひまわりひとりおおしくさける
かわきたる 庭のもも草力なく 向日葵ひとり雄々しく咲ける

昭和8年7月20日
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
にほんせいしんはひいんてりからわきおこるらしいじったい
日本精神は非インテリから湧き起るらしい実態
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
いったんしまいこんだふるつづらから ひっぱりだされてるじゆうしゅぎ
一旦しまひこんだ古葛から 引つぱり出されてる自由主義
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
いんてりぐんをなちすがけとばしている げんしてきゆうき
インテリ群をナチスが蹴つ飛ばしてゐる 原始的勇気
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
にほんのぶんしれんがかのなくようなこえでなちすにぶんぶんいっているなつ
日本の蚊士連が蚊の鳴くやうな声でナチスにぶんぶん言つてゐる夏
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
さいごにわらうものはだれ?こうどうしゅぎしゃ
最後に笑ふ者は誰?……皇道主義者
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
おっちょこちょいるーずべるとが うれしそうにおどっている
おつちよこちよいルーズベルトが 嬉しさうに躍つてゐる
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
いんふれとはぐんびかくちょうのぜんそうきょくでなくてなんだ
インフレとは軍備拡張の前奏曲でなくて何だ
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
しなのていせんは よりおおきい こうにちせんのじゅんびのためさ
シナの停戦は ヨリ大きい 抗日戦の準備の為さ
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
ひだりのてがくたびれたので みぎのてをあげたまでさしそうかい
左の手がくたびれたので 右の手を挙げたまでさ思想界
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
なんぱはみはらやまへこうははしんぺいたいへしににゆく
軟派は三原山へ硬派は神兵隊へ死にゝゆく
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
じょがくせいがだらくしたんじゃない おやのまねをしたまでさ
女学生が堕落したんぢやない 親の真似をしたまでさ
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
げんだいきょういくとはきんせんとこうかんにかつじをあたまへちゅうにゅうすることだ
現代教育とは金銭と交換に活字を頭へ注入する事だ
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    ○
いしゃとはやくざいやぶつりではびょうきはなおらぬといういことをおしゆるてんぎょうだ
医者とは薬剤や物理では病気は治らぬと言ふ事を教ゆる天業だ
松風和歌第12回 昭和8年7月
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    初 夏
やまにうみに さそうぽすたーでんしゃないに ここだにみゆるしょかとなりけり
山に海に 誘ふポスター電車内に ここだに見ゆる初夏となりけり
松風和歌第8回 昭和8年7月
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    雑 詠
よのつねの ひとのさだめとあまりにも へだたりのあるわれとおもえり
世の常の 人の運命とあまりにも へだたりのある吾と思へり
歌会即詠第10回 昭和8年6月16日
    「松風」 2-7 S 8. 7.**    夏の月
わがかげを ふみつつゆくもなつのつき あかるくてれるかわぞいのみち
わがかげを ふみつつゆくも夏の月 明るくてれる川添の路
第78回月並短歌 昭和8年7月5日
    「明光」 84号 S 8. 8. 1    五月の女
よねんなく いものすきいるくろかみを なぶりてすぐるわかばかぜなり
よねんなく 妹の梳きゐる黒髪を なぶりて過ぐる若葉風なり

    「明光」 84号 S 8. 8. 1    雑 詠
たまがわに あかねのさせばあさぎりの ながれゆくなりちちぶのみねに
玉川に 茜のさせば朝霧の ながれゆくなり秩父の嶺に
    「明光」 84号 S 8. 8. 1    雑 詠
ふすまとりて あかるくなりぬはつなつの かぜふきとおりへやひろびろと
襖とりて 明るくなりぬ初夏の 風吹きとほり部屋ひろびろと
    「明光」 84号 S 8. 8. 1    雑 詠
ふるぬまの ふかきしじまをためさんと こいしをひとつなげてもみたり
古沼の 深きしじまをためさんと 小石を一つ投げてもみたり
昭和8年8月集
    「明光」 84号 S 8. 8. 1 
うちみずに ぬれたるにわのとびいしの ひとつひとつにゆうづきひかる
打ち水に 濡れたる庭の飛石の 一つ一つに夕月光る
    「明光」 84号 S 8. 8. 1 
ひまわりの はなおおらかにかがやきて かわけるつちのてりかえしあつし
向日葵の 花おほらかにかがやきて 乾ける土のてりかへしあつし
    「明光」 84号 S 8. 8. 1
くぬぎうの おぐらきかげのこけじめり あきはひそかにうごきそむらし
櫟生の をぐらきかげの苔じめり 秋はひそかにうごき初むらし
    「明光」 84号 S 8. 8. 1
ひでりして むなしくかかるてっきょうの かげにつつましくなでしこのさける
旱して むなしくかかる鉄橋の かげにつつましく撫子の咲ける
    「明光」 84号 S 8. 8. 1
うみどりの いとおおらかにくものみね あおきうなもをかすめてはまう
海鳥の いとおほらかに雲の峰 青き海面をかすめては舞ふ
    「明光」 84号 S 8. 8. 1
ゆうだちの すぎてそよふくかぜのあり すずかけなみきぬればのひかる
白雨の すぎてそよふく風のあり 篠懸並木濡れ葉のひかる
    「明光」 84号 S 8. 8. 1
このひろき こころにいたしたかやまの いただきにみるあめつちのはて
このひろき 心にゐたし高山の いただきに見る天地のはて
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    秋うごく
しいのはを わたるゆうかぜまどにいり ゆあみのあとのはだのすがしさ
椎の葉を わたる夕風窓に入り 浴みの後の肌のすがしさ
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    秋うごく
ふじまめの かぜにふるえつゆうぞらの くものうごきにあきはみゆめり
藤豆の 風にふるへつ夕空の 雲のうごきに秋は見ゆめり
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    秋うごく
いらかには なつびてらえどのきのかげ たちきのかげにあきはうごけり
甍には 夏陽照らへど軒のかげ 立木のかげに秋はうごけり
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    秋うごく
いまだしも あつさのこれどそのそこに あきのけはいのうすらながるる
いまだしも 暑さ残れどその底に 秋のけはひのうすら流る
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    秋うごく
おかのうえに ゆうひせにうけたてるわが かげのなかなるすすきひとむら
丘の上に 夕陽背にうけ立てるわが 影の中なる芒ひとむら
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    秋うごく
みずうてば はぎのしげみのみだれけり ゆうべのにわにつきのほしきも
水打てば 萩の茂みのみだれけり 夕べの庭に月の欲しきも
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    秋うごく
つきのよき あきをまたれぬわがにわも まつのこずえのそらにしげれば
月のよき 秋を待たれぬわが庭も 松の梢の空に茂れば
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    蜩
あかときを けたたましくもひぐらしの なけばいずらかとをくるおとする
あかときを けたたましくも蜩の 鳴けばいづらか戸をくる音する
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    蜩
ひぐらしの やまのゆうべをひたなけり ふもとあたりにあかりみえそむ
蜩の 山の夕べをひた鳴けり 麓あたりに灯みえそむ
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    蜩
ひぐらしの こえさりゆけばやますその みちたんたんとむらにつづける
蜩の 声去りゆけば山裾の 路坦々と村につづける
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    蜩
うらやまは ひぐらしのこえかどのたは かえるなくなりふるさとのいえ
裏山は 蜩の声角の田は 蛙鳴くなりふるさとの家
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    蜩
くぬぎうの こだちおぐらくひぐらしの こえはしじまをこだましあえり
櫟生の 木立をぐらく蜩の 声はしじまをこだまし合へり
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    萩
ゆうづきの うすらあかりにみずうてる にわべのおはぎぬれひかりけり
夕月の うすら明りに水うてる 庭べの小萩濡れ光りけり
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    萩
いしがきは なかばかくろいあきはぎの さきしだれつぐさんもんのうち
石垣は 半ばかくろひ秋萩の 咲きしだれつぐ山門の内
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    萩
はぎおおき あまでらのありまさかりの いまをおりおりわがかいまみつ
萩多き 尼寺のありまさかりの 今ををりをりわが垣間見つ
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    萩
はじめての あきなりしんきょのさにわべに みそはぎさくがいともうれしき
はじめての 秋なり新居の小庭べに みそ萩咲くがいともうれしき
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    萩
はぎむらの うつるみのもにちりうける はなのいささかみえにけるかな
萩むらの うつる水の面に散りうける 花のいささか見えにけるかな
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    萩
けさもまた そでぬらしけりはぎのにわ ひさにさまよいすがしみにけり
今朝も又 袖ぬらしけり萩の庭 久にさまよひすがしみにけり
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    ○
よをなげく ひとにあいけりわがかたる こえいつしかにはりあがりけり
世をなげく 人にあひけりわが語る 声いつしかに張り上りけり
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    ○
そのひとの なやみをみつもものいわず すぐるわれはもときのみたねば
その人の なやみを見つもものいはず すぐる吾はも時の満たねば
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    ○
ほがらかな ゆめをかかえてたつにわべ むしなくこえもしたしかりける
ほがらかな 夢をかかへて立つ庭べ 虫鳴く声もしたしかりける
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    ○
はずかしき われにはあれどまごころを くむひともありこのよたのしも
はづかしき 吾にはあれど真心を 汲む人もありこの世たのしも
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    五・一五事件
とっけんかいきゅうにいいきょうかしょができた ごいちごじけんのさいばんちょうしょ
特権階級にいゝ教科書が出来た 五・一五事件の裁判調書
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    五・一五事件
やまなし、おがわ、あまおかなんかにひこくぐんじんのつめのあかをのませたい
山梨、小川、天岡なんかに被告軍人の爪の垢を呑ませたい
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    五・一五事件
あのとうべんでなみだをながさないひとはがいこくにてんせきしろ
アノ答弁で涙を流さない人は外国へ転籍しろ
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    五・一五事件
ほうとじょうとりとぎとのよつどもえ ごいちごじけん
法と情と理と義との四ツ巴 五・一五事件
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    五・一五事件
げんけいのためにこゆびをきったひとたちがある まだにほんはだいじょうぶだ
減刑の為小指を切つた人達がある まだ日本は大丈夫だ
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    五・一五事件
あのせつせつたるしょうそうぐんじんのぜったん おれのむねははりさけそう
アノ切々たる少壮軍人の舌端 俺の胸は張りさけさう
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    五・一五事件
きんていけんぽうもあとずさりするやまとだましいのかがやき
欽定憲法も後ずさりする大和魂のかがやき
昭和8年8月21日
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    時 局
むにんしょだいじんのゆうれいがひとしきりさわがしたなつではある
無任所大臣の幽霊がひとしきり騒がした夏ではある
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    時 局
せいとうにまだせいめいがあるとおもっているところがかわいい
政党にまだ生命があると思つてゐる処が可愛いゝ
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    時 局
あらゆるこくさいかいぎのそうばはきまりました しっぱいと
あらゆる国際会議の相場は決りました 失敗と
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    時 局
ながわきざしひっとらーと どんびゃくしょうどるふすとのけんか
長脇差ヒットラーと どん百姓ドルフスとの喧嘩
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    時 局
いもむしがありにくいつかれる しむらかいしょう
芋虫が蟻に喰ひつかれる シムラ会商
松風和歌第13回 昭和8年8月
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    夏の多摩川
ゆうだちの とよもしけるもみずきよき たまのかわぞこひにすけるなり
白雨の とよもしけるも水清き 玉の川底陽にすけるなり
松風和歌第9回 昭和8年8月
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    雑 詠
こうみょうに そむくひとらのあやうかり このうつしよのくるるいまはも
光明に そむく人らのあやふかり 此現し世の暮るる今はも
歌会即詠第11回 昭和8年8月
    「松風」 2-8 S 8. 8.**    虹
きぎのはを ならしてゆきししらさめの はやうるわしきにじとなりけり
木々の葉を 鳴らしてゆきし白雨の はや美しき虹となりけり
第79回月並短歌 昭和8年8月1日
    「明光」 85号 S 8. 9. 1    登 山
いただきを きわめしほこりわれはいま いちまんじゃくのくものえにいる
嶺を きはめしほこり吾は今 一万尺の雲の上に居る
    「明光」 85号 S 8. 9. 1    雑 詠
はつあゆの かおりはしたしあめのひを こころしずかにひるげするやど
初鮎の かをりは親し雨の日を 心静かに昼餉する宿
    「明光」 85号 S 8. 9. 1    雑 詠
あめやみて たにのあおばをふきあぐる かぜにほのかないでゆのかおり
雨やみて 渓の青葉を吹きあぐる 風にほのかな温泉のかをり
   「明光」 85号 S 8. 9. 1    雑 詠
こちふけば みほのうらなみたちさやぎ つりぶねあまたみだれゆくみゆ
東風吹けば 三保の浦波たちさやぎ 釣舟あまたみだれゆく見ゆ
昭和8年9月集
    「明光」 85号 S 8. 9. 1
にわすみを せせらぐまでにふかれしと ゆうだちのそらみあげていたり
庭隅を せせらぐまでにふれかしと 白雨の空見あげてゐたり
    「明光」 85号 S 8. 9. 1
かわかぜに ふかれてすずしわがふねの つりちょうちんはみなゆれており
川風に ふかれて涼しわが舟の 吊提灯はみなゆれてをり
    「明光」 85号 S 8. 9. 1 
ゆうだちの ゆくえなるらんそらのはて まよえるくものいまだありけり
白雨の ゆくへなるらむ空のはて 迷へる雲のいまだありけり
    「明光」 85号 S 8. 9. 1
あさがおの はなはおぼろにきりふかく ひっそりとしてあかときふかし
朝顔の 花はおぼろに霧ふかく ひつそりとしてあかときふかし
    「明光」 85号 S 8. 9. 1
てーぶるの すいかにむかうやおみなみな あかきくちびるねぶりたりけり
テーブルの 西瓜にむかふや女みな 赤き唇ねぶりたりけり
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
たかむらは かさともいわずさにわべの あきのまひるのものしずかなる
篁は かさともいはず小庭べの 秋の真昼のものしづかなる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
あきのひは しょうじをもれてきぬぬえる つまのよこがおあかるくてらす
秋の陽は 障子をもれて衣縫へる 妻の横顔明るくてらす
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
あきのひは ななめになりぬとうのかげ いとおおらかにつちにながるる
秋の陽は 斜になりぬ塔のかげ いとおほらかに土に流るる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
きばみける いちょうひともとえだはりて かがやいてたてりふるどうのまえ
黄ばみける 公孫樹一本枝はりて かがやいて立てり古堂の前
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
こどもらは しばふのうえにむしろしきて あきびをあみつよねんもなげなる
子供らは 芝生の上に蓙しきて 秋陽をあみつ余念もなげなる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
えんばなに ゆうしたしみてわれあれば かぼそくあわれこおろぎのなく
縁端に 夕したしみて吾あれば かぼそくあはれ蟋蟀の鳴く
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
たまたまに ふじまめゆするかぜありて わがやのあきはまどべにふかし
たまたまに 藤豆ゆする風ありて わが家の秋は窓べにふかし
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋
しずかなる やしきまちはもへいこゆる もろぎのはいろにあきはたけたる
静かなる 屋敷町はも塀こゆる 諸木の葉色に秋はたけたる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    赤蜻蛉
ゆうされば あかとんぼうのむれいゆく そらをみるなりのきのこのごろ
夕されば 赤蜻蛉のむれいゆく 空を見るなり軒のこのごろ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    赤蜻蛉
ここだにも あかとんぼうのひかるなり しおんのはなのさきみだるにわ
ここだにも 赤蜻蛉の光るなり 紫苑の花の咲きみだる庭
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    赤蜻蛉
ほしいねの かけなめるうえとんぼの とまれるがありはなるるがあり
干稲の かけなめる上蜻蛉の とまれるがありはなるるがあり
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    赤蜻蛉
おかのえに みあぐるそらをとんぼうの ゆうふくかぜにもつれゆくなり
丘の上に みあぐる空を蜻蛉の 夕ふく風にもつれゆくなり
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    赤蜻蛉
あきのみず しずかにすめるささがわに かげをひきてはとんぼうのゆく
秋の水 静にすめる小川に 影をひきては蜻蛉のゆく
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
さんまやく けむりはのきにただよいて まあおきそらにすわれてゆくも
秋太刀魚焼く けむりは軒にただよひて ま青き空にすはれてゆくも
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
かりたての しいのはにすくあおぞらの すがすがしもよあきばれのごご
刈りたての 椎の葉にすく青空の すがすがしもよ秋ばれの午後
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
いちじくの うれのはうらにみえにける おおぞらふかみいよよあきめく
無花果の 熟れの葉うらに見えにける 大空ふかみいよよ秋めく
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
あきぞらの かがやかしげよわたりどり はねいそがしくいっついゆくも
秋空の かがやかしげよ渡り鳥 羽いそがしく一ついゆくも
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
あきのくも うごくけもなにいけのもに うつりてひろのしずかにくるる
秋の雲 うごくけもなに池の面に うつりて広野静にくるる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
くりやべに やおやのたかきこえすなり われはあきぞらねながらにみつ
厨べに 八百屋の高き声すなり 吾は秋空臥ながらに見つ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
いらだつる こころおさえてそうがいの あきすむそらをわがひさにみる
いらだつる 心おさへて窓外の 秋すむ空をわが久にみる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 空
そらはよく すめるあさなりなにがなし わがむねぬちのさえにさえつつ
空はよく すめる朝なり何がなし わがむねぬちのさえにさえつゝ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    武蔵野の秋
とりたてて いうほどもなきけいながら むさしのべにもあきはありけり
とりたてて 言ふほどもなき景ながら 武蔵野辺にも秋はありけり
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    武蔵野の秋
すすきむら わけのぼるつきむさしのと おもえばなにかしたしさおぼゆ
芒むら わけのぼる月むさし野と おもへば何かしたしさおぼゆ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    武蔵野の秋
おかのえに たてばあきはもさなかなり もりのとぎれにふじがねみゆる
丘の上に 立てば秋はも最中なり 森のとぎれに富士ケ峯みゆる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    武蔵野の秋
たまたまに でんえんよぎるでんしゃあり あきすむそらにたかくひびかう
たまたまに 田園よぎる電車あり 秋すむ空に高くひびかふ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    武蔵野の秋
あかまつの かげのいくつもながらえる おかをかこみてすすきむらおう
赤松の 影のいくつも流らへる 丘をかこみて芒むら生ふ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    五・一五事件
ごいちごじけんをとおしてみんしゅうのふんぬがほとばしっている
五・一五事件を通して民衆の憤怒がほとばしつてゐる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    五・一五事件
とっけんかいきゅうのこえいがさびしい ひじょうじのとき
特権階級の孤影がさびしい 非常時の秋

    「松風」 2-14 S 8. 9.**    荒 木
あらきないかくのむにんしょだいじん さいとうとたかはし
荒木内閣の無任所大臣 斎藤と高橋
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    荒 木
がいこくてきにほんじんよせいじかよ あらきのめがひかってるぞ
外国的日本人よ政治家よ 荒木の眼が光つてるぞ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    金貨引上げ
なんじゅうわりのはいとうがかくじつならみんなからしきんをあつめはしません
何十割の配当が確実ならみんなから資金を集めはしません
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    金貨引上げ
なひもふごうがかいていからよくばりもうじゃをつくっている
ナヒモフ号が海底から欲張り亡者を作つてゐる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    世 界
けんかんきょうそうとはけんかきょうそうか
建艦競争とは喧嘩狂争か
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    世 界
こうにちかんわのきかんちゅうこうにちせんびをしてるしな
抗日緩和の期間中抗日戦備をしてるシナ
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    世 界
えいこくのもうろくぶりをいかんなくしょくみんちへてっていさしている
英国の耄碌ぶりを遺憾なく植民地へ徹底さしてゐる
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    世 界
おどるひっとらー なぐるひっとらー けっとばすひっとらー
躍るヒットラー 殴るヒットラー 蹴つとばすヒットラー
松風兼題和歌第14回 昭和8年9月
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    蝉
こはせみを とりそこねたらしほちゅうあみ ふりつつこのまをひたぬいゆくも
子は蝉を とりそこねたらし捕虫網 ふりつつ木の間をひたぬひゆくも
松風和歌第10回 昭和8年9月
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    雑 詠
おおいなる のぞみにいくるわれにして なおいささかのことにあんずる
大いなる のぞみに生くる吾にして なほいささかの事に案ずる
歌会即詠第12回 昭和8年9月 
    「松風」 2-14 S 8. 9.**    秋 風
どらいぶの じどうしゃのまどふきいるる あきのよかぜのみにしむるなり
ドライブの 自動車の窓ふきいるる 秋の夜風の身にしむるなり
昭和8年10月集
    「明光」 86号 S 8.10. 1
みだれたる にわのこすもすこのあした ととのいおればあきぞみにしむ
みだれたる 庭のコスモスこの朝 ととのひをれば秋ぞ身にしむ
    「明光」 86号 S 8.10. 1
むらさめの すぎけるにわにいささかの はぎのべにばなこぼれてひそけし
むらさめの すぎける庭にいささかの 萩の紅花こぼれてひそけし
    「明光」 86号 S 8.10. 1
やまのこに うつるもみじのかげゆらし もーたーせんのおとたててゆく
山の湖に うつる紅葉のかげゆらし モーター船の音たててゆく
    「明光」 86号 S 8.10. 1
あきのひる あかるきしょうじにさえぎられ もやうけむりはさんまやくなり
秋の午 あかるき障子にさへぎられ もやふ煙は秋刀魚焼くなり
    「明光」 86号 S 8.10. 1
とうきびの はずれかそけしあきかぜの わたるゆうべのはたけさみしも
唐黍の 葉ずれかそけし秋風の わたる夕べの畑さみしも
第80回月並短歌 昭和8年9月1日
    「明光」 86号 S 8.10. 1    風
すいごうの まこものかぜはすがしもよ わがいるふねをふきぬけてゆく
水郷の 真菰の風はすがしもよ わが居る舟をふきぬけてゆく
第80回月並短歌 昭和8年9月8日
    「明光」 86号 S 8.10. 1    雑 詠
ひぐらしの なくこえすみてやますその くぬぎこだちはそぞろあきなり
蜩の なく声すみて山裾の 櫟木立はそぞろ秋なり
    「明光」 86号 S 8.10. 1    雑 詠
このゆうべ ひとのこいしくまどによれば にわほのじろくゆうがおのはな
この夕べ 人の恋しく窓によれば 庭ほの白く夕顔の花
    「松風」 2-15 S 8.10.**    コスモス
こすもすの はなのみだれにあきのあめ そそぎてにわのひるしずかなる
コスモスの 花のみだれに秋の雨 そそぎて庭の昼静なる
    「松風」 2-15 S 8.10.**    コスモス
さきさかる こすもすのはなにわわたる そよろのかぜにふるえのやまず
咲きさかる コスモスの花庭わたる そよろの風にふるへのやまず
    「松風」 2-15 S 8.10.**    コスモス
あきのかぜ みにしみわたるこのあした こすもすのはないろあせにける
秋の風 身にしみわたるこの朝 コスモスの花色あせにける
    「松風」 2-15 S 8.10.**    コスモス
こすもすの ひにてるあたりとんぼうの むらがりみえてにわのあかるき
コスモスの 陽に照るあたり蜻蛉の むらがり見えて庭の明るき
    「松風」 2-15 S 8.10.**    コスモス
かんのんの がぞうのまえにこすもすを いけてこととるひまをたらえる
観音の 画像の前にコスモスを 生けて事とるひまを足らへる
    「松風」 2-15 S 8.10.**    コスモス
さきみてる こすもすのはなにようばかり いくたびとなくわがめいざなう
咲きみてる コスモスの花に酔ふばかり いく度となくわが眼誘ふ
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
あさまだき とこをいずればまどあかり うすらつめたくきょうもあめらし
朝まだき 床をいづれば窓明り うすらつめたく今日も雨らし
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
こころせば とぎれとぎれにむしなける にわしろじろとつきのてらせる
心せば とぎれとぎれに虫鳴ける 庭白じろと月のてらせる
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
でんえんを ふくあきかぜのつめたかり のがわさみしもゆうづきのかげ
田園を ふく秋風の冷たかり 野川さみしも夕月の光
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
すがれたる くわのはたけをてらしつつ のぼるつきはもよかぜみにしむ
すがれたる 桑の畑を照らしつつ のぼる月はも夜風身にしむ
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
みじかびに はやおぐらかりくりやべに ゆうべのしたくのもののおとする
みじか日に はや小暗かり厨べに 夕べの仕度の物の音する
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
かりおえし まつのこずえのあかるきも みきあかあかとゆうひにはゆる
刈りをへし 松の梢の明るきも 幹あかあかと夕陽に映ゆる
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
あかまつの おうおかのべのさむざむし ふゆちかまれるゆうつひのいろ
赤松の 生ふ丘のべのさむざむし 冬ちかまれる夕つ陽の色
    「松風」 2-15 S 8.10.**    冬近し
いささかの のこりはかぜにふるえおり となりのさくらそらにえだはり
いささかの 残り葉風にふるへをり 隣の桜空に技はり
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
たまさかに いでてしぜんにふるるとき むねほがらかにひろぎゆくなり
たまさかに いでて自然にふるる時 胸ほがらかにひろぎゆくなり
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
とりたつる ほどのけいなきむさしのも たまがわあたりのあきはこのもし
とりたつる ほどの景なき武蔵野も 玉川あたりの秋はこのもし
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
あきのいろ ぞうきばやしをそめつつも もみじのいろはいまだしなりける
秋の色 雑木林を染めつゝも 紅葉の色はいまだしなりける
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
ひだりやの さけるいえありみぞかわに はなあざやかにうつりているも
緋ダリヤの 咲ける家あり溝川に 花あざやかにうつりてゐるも
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
ゆうもやは うれだのうえにふかみつつ いえのしらかべおぐらくなりぬ
夕靄は 熟れ田の上にふかみつつ 家の白壁をぐらくなりぬ
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
すすきほを みちみちおりててにあまる ほどともなればえきにつきける
芒穂を 路々折りて手にあまる ほどともなれば駅につきける
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
ゆうもやの そこにまたたくむらのひを はろかにみつつでんしゃをまつも
夕靄の 底にまたたく村の灯を はろかにみつつ電車を待つも
以下三首百草園にて
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
はすいけを かこみてなだるつちにおう くさきにあきはしるかりにける
蓮池を かこみてなだる土に生ふ 草木に秋はしるかりにける
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
すがれたる はすいけにかかるはしのえに たてばゆうひのつめたくてらす
すがれたる 蓮池にかかる蓮〔橋〕の上に 立てば夕陽のつめたくてらす
    「松風」 2-15 S 8.10.**    武蔵野探秋
かきややに うれてあきぞらよくすめる わがかけぢゃやにうたくちずさむ
柿ややに 熟れて秋空よくすめる わが掛茶屋に歌口ずさむ
    「松風」 2-15 S 8.10.**    折にふれて
よのおわり ちかめるらしもいまわしき ことのふえつつことしもくるる
世の終り 近めるらしもいまはしき 事のふえつつ今年も暮るる
    「松風」 2-15 S 8.10.**    折にふれて
ものをいう ことのかなわぬわれにして せんすべもなくいまありにける
ものをいふ 事のかなはぬ吾にして せんすべもなく今ありにける
    「松風」 2-15 S 8.10.**    折にふれて
さばかれて はかなくおつるひとみつつ いわうようなきさみしさにおり
審かれて はかなく落つる人見つつ いはふやうなき淋しさにをり
    「松風」 2-15 S 8.10.**    折にふれて
わがことば みみかたむくるひとびとの いずるがまでをもくしゆかなん
わが言葉 耳かたむくる人々の いづるがまでを黙しゆかなむ
    「松風」 2-15 S 8.10.**    折にふれて
もくもくと よをながめつつやがてくる ときのそなえをしずかになすも
黙々と 世をながめつつやがてくる 時の備を静になすも
昭和8年10月20日
    「松風」 2-15 S 8.10.**    軍部政党
あらきがしりをまくりそうにしてはいいじょうをとおしているあき
荒木が尻を捲くりさうにしては言ひ条を通してゐる秋
    「松風」 2-15 S 8.10.**    軍部政党
ぐんぶがおどりたがって もぐもぐしているにほん
軍部が躍りたがつて もぐもぐしてゐる日本
    「松風」 2-15 S 8.10.**    軍部政党
あわれなるものよ なんじのなは しょうわはちねんのせいとうなり
哀れなるものよ 汝の名は 昭和八年の政党なり
    「松風」 2-15 S 8.10.**    軍部政党
せいとうはせいとうをにんしきすればいいんだそしてじだいを
政党は政党を認識すればいいんだそして時代を
    「松風」 2-15 S 8.10.**    非常時
にほんひじょうじのせいさんしゃとしてのとっけんかいきゅう
日本非常時の生産者としての特権階級
    「松風」 2-15 S 8.10.**    非常時
げんこつをふところにかくしてへいわのためのかいぎをするせかいてきのばか
拳骨を懐にかくして平和の為の会議をする世界的の馬鹿
    「松風」 2-15 S 8.10.**    非常時
おろかなるものははくじんであわれなるものはおうしょくじんだ
愚かなる者は白人で憐れなる者は黄色人だ
    「松風」 2-15 S 8.10.**    非常時
それんはもういっぺんかくめいをしたいんだ、もういっぺんにほんにまけて
蘇聯はもう一遍革命をしたいんだ、もう一ペン日本に敗けて
    「松風」 2-15 S 8.10.**    非常時
えいべいのだいけんかん、よわいいぬほどほえるそれなんだ
英米の大建艦、弱い犬ほど吠えるそれなんだ
    「松風」 2-15 S 8.10.**    ヒツトラー
やったなひっとらー。おおいにやれひっとらー
やつたなヒットラー。大いにやれヒットラー
    「松風」 2-15 S 8.10.**    ヒツトラー
せかいのけんぶつをあっとさした めいゆうひっとらー
世界の見物をアツとさした 名優ヒットラー
松風和歌第16回 昭和8年10月
    「松風」 2-15 S 8.10.**    虫の声
むしのねの しらべはかなしわすれける はかなきこいもおもいずるなれ
虫の音の しらべはかなし忘れける はかなき恋もおもひづるなれ
松風和歌第11回 昭和8年10月
    「松風」 2-15 S 8.10.**    雑 詠
あきかぜに あおられながらもろこしの はたけのそらをあきつながるる
秋風に あふられながらもろこしの 畑の空を蜻蛉ながるる
歌会即詠第13回 昭和8年10月
    「松風」 2-15 S 8.10.**    晩 秋
たかおさん みねのもみじばもえのこり むさしへいやにあきふかみける
高雄山 峰のもみぢ葉もえのこり 武蔵平野に秋ふかみける
昭和8年11月集
    「明光」 87号 S 8.11. 1 
いささかの すすきみいでてたらうほど いまはむさしのうつろいにける
いささかの 芒見いでて足らふほど 今は武蔵野うつろひにける 
    「明光」 87号 S 8.11. 1
くだりきし みねのもみじをなつかしみ えきのほーむゆしばしあおげり
下り来し 峰の紅葉をなつかしみ 駅のホームゆしばし仰げり
    「明光」 87号 S 8.11. 1
つきややに かたぶくころはもののけの ごとくにみゆるふるでらのとう
月ややに かたぶくころは物の怪の ごとくに見ゆる古寺の塔
    「明光」 87号 S 8.11. 1
へいうえに みゆるもっこくまつなどの かりたてすがしみやしきまちゆく
塀上に 見ゆる木斛松などの 刈りたてすがしみ屋敷町ゆく
    「明光」 87号 S 8.11. 1 
しずかなる あきのにわべにかやのみの ひとつおちけりおとひそやかに
静かなる 秋の庭辺に榧の実の 一つ落ちけり音ひそやかに
第81回月並短歌 昭和8年10月1日
    「明光」 87号 S 8.11. 1    提 灯
ちょうちんの ながれよりきてきゅうじょうの ひろばはさながらひのうみとなり
提灯の 流れよりきて宮城の 広場はさながら灯の海となり
    「明光」 87号 S 8.11. 1    提 灯
すだれごし ぎふちょうちんのひにはえて なつのわがやはふぜいよろしも
簾越し 岐阜提灯の灯に映えて 夏の吾が家は風情よろしも
第81回月並短歌 昭和8年10月8日
    「明光」 87号 S 8.11. 1    雑 詠
やますそは あかるくはれてくもいまだ おねよりきょうをゆききするなり
山裾は 明るくはれて雲いまだ 屋〔尾〕根より峡を行き来するなり
    「明光」 87号 S 8.11. 1    雑 詠
せみしぐれ するうらやまもゆうさりて むしのこえきくひそけさになり
蝉時雨 する裏山も夕さりて 虫の声きくひそけさになり
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬 風
このささや うらはたんぼになりており のわけのふけばとしょうじのなる
この小家 裏は田圃になりてをり 野分のふけば戸障子の鳴る
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬 風
ふきつのる かぜにしろじろくまざさの はのひらめくもうらやまなだり
ふきつのる 風に白じろ熊笹の 葉のひらめくも裏山なだり
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬 風
ふきさらす ふゆのつつみのかれやなぎ ただひねもすをゆれているなり
ふきさらす 冬の堤の枯柳 ただひねもすをゆれてゐるなり
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬 風
かれのはら ひをなめてふくこがらしに むごたらしきまでにじられにける
枯野原 日を並めてふく凩に むごたらしきまでにじられにける
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬 風
かれやなぎ ゆれしずもればしとしとと ふゆのこさめのふりいでにける
枯柳 ゆれしづもればしとしとと 冬の小雨のふりいでにける
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬静
せいじゃくは ここにきわむかそういんの まひるのにわにうごくものなし
静寂は 茲にきはむか僧院の まひるの庭にうごくものなしか
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬静か
はろばろし ふゆのたんぼをみわたせば そらにちいさくからすとびたつ
はろばろし 冬の田圃を見渡せば 空に小さく鴉とびたつ
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬静か
なげいれの きくさきすぎてはなびらの ひそかにちれるはつふゆのとこ
投入れの 菊咲きすぎて花びらの ひそかにちれる初冬の床
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬静か
ゆうまけて ふゆひのとどくにわすみに いとひそけくもびわのはなさく
夕まけて 冬陽のとどく庭隅に いとひそけくも枇杷の花咲く
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬静か
あぜにたてば ふゆたはさみしはくげつの かげはほのかにみずにうつれる
畔に立てば 冬田はさみし白月の 光はほのかに水にうつれる
    「松風」 2-16 S 8.11.**    小春日
なんてんは へいよりたかしあからみの かがやくところあおぞらにして
南天は 塀より高し赤ら実の かがやくところ青空にして
    「松風」 2-16 S 8.11.**    小春日
まなかいの やまふところはひにあかく だんだんばたけはすでにはるなり
まなかひの 山ふところは日に明く だんだん畑はすでに春なり
    「松風」 2-16 S 8.11.**    小春日
ちゃばたけに のこるはなありふとゆびを ふるればほろほろちりにけるかな
茶畑に のこる花ありふと指を ふるればほろほろ散りにけるかな
    「松風」 2-16 S 8.11.**    小春日
こはるびの そのうららさようめみれば えだよりえだにことりのせわし
小春日の そのうららさよ梅見れば 枝より枝に小禽のせはし
    「松風」 2-16 S 8.11.**    小春日
あじさいの かれえくぐりつほおじろの ちにかげおとしうつりゆくかも
あぢさゐの 枯枝くぐりつ頬白の 地にかげおとしうつりゆくかも
昭和8年11月24日
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
だるまがめをしろくろしながらのみこんでいるだいよさん
達磨が眼玉を白黒しながら呑みこんでゐる大予算
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
あいくちをのんでかなつぼまなこでせいかんしているあらき
アイクチを呑んで金壷眼で静観してゐる荒木
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
おろかなるものよ なんじのなは わかつきれいじろう
愚なるものよ 汝の名は 若月霊次郎
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
いいわけにけんめいなせいとう それははさんまえのさいむしゃのよう
言ひ訳に懸命な政党 それは破産前の債務者のやう
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
あかをふやすのはしんぶんなんだ えいゆうてきにかくから
赤を増やすのは新聞なんだ 英雄的に書くから
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
でぱーとのりゅうこういしょうと しんぶんとどうちがう
デパートの流行衣裳と 新聞とどう異ふ
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
ふじんかいほううんどうのこうか?ゆうかんえろまだむ
婦人開放運動の効果(?)有閑エロマダム
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
こうびきのいぬとゆうかんまだむとどれだけちがう
交尾期の犬と有閑マダムとどれだけちがふ
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
べいろのあくしゅは にほんはさみうちどうめいさ
米露の握手は 日本ハサミウチ同盟さ
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
にちろさいせんのぐんしをるーずべるとがひきうけたのさ
日露再戦の軍資をルーズベルトが引受けたのさ
    「松風」 2-16 S 8.11.**    ○
びっくりするなまるまるをまるまるがまるまるするぞ
吃驚するな○○を○○が○○するぞ

松風和歌第17回 昭和8年11月
    「松風」 2-16 S 8.11.**    松 蕈
まつたけの かおりくりやをながれきつ われがみかくのいよいよつのる
松茸の 香り厨をながれきつ 吾が味覚のいよいよつのる
松風和歌第12回 昭和8年11月
    「松風」 2-16 S 8.11.**    雑 詠
てんのとき きたるをまちつおおもりの いおにおきふすみにてありける
天の時 来るをまちつ大森の 庵におきふす身にてありける
歌会即詠第14回 昭和8年11月
    「松風」 2-16 S 8.11.**    冬 枯
ふゆがれの ぞうきばやしをのぞくつき わがいゆくまましたがいてくる
冬枯の 雑木林をのぞく月 わがいゆくまま従ひてくる
昭和8年12月集

    「明光」 88号 S 8.12. 1
ゆれやまぬ こすもすのはなひにひかり あきのにわべのごごのあかるさ
ゆれやまぬ コスモスの花陽に光り 秋の庭べの午後の明るさ
    「明光」 88号 S 8.12. 1
つたもみじ ちぢにからめるようかんの かたがわかべにあきびのまぶし
蔦もみぢ 千々にからめる洋館の 片側壁に秋陽のまぶし
    「明光」 88号 S 8.12. 1
さむざむと ひすじながれてたかむらの したのおちばのうすじめりかな
さむざむと 日すぢ流れて篁の 下の落葉のうすじめりかな
    「明光」 88号 S 8.12. 1
せとのべに あさをふくるるふゆどりの ひざしそむるやおきあがりけり
背戸の辺に 朝をふくるる冬鶏の 陽ざしそむるや起きあがりけり
    「明光」 88号 S 8.12. 1
のりすてし きしゃのやねにはけさたちし きたぐにのゆきまだきえであり
乗りすてし 汽車の屋根には今朝たちし 北国の雪まだ消えであり
第82回月並短歌 昭和8年11月1日
    「明光」 88号 S 8.12. 1    秋
しっとりと つゆにぬれいるあさにわの まはぎがはなにあきひそかなり
しっとりと 露に濡れゐる朝庭の 真萩が花に秋ひそかなり
    「明光」 88号 S 8.12. 1    秋
たかおさん みねのもみじばくれないて ひろぎゆくなりむさしののあき
高雄山 峯のもみぢ葉くれなひて ひろぎ行くなり武蔵野の秋
    「明光」 88号 S 8.12. 1    秋
とうきびの はなのかそかにそよぎつつ そらふかまりていよよあきなり
唐黍の 花のかそかにそよぎつつ 空ふかまりていよよ秋なり
    「明光」 88号 S 8.12. 1    雑 詠
まつたけは かごにみちけりたそがれのいろ このまつやまにせまりくるかも
松茸は 籠に満ちけり黄昏の色 この松山に迫り来るかも
    「明光」 88号 S 8.12. 1    雑 詠
うちならす なるこにつれてむらむらと すずめはそらをながれちるなり
うち鳴らす 鳴子につれてむらむらと 雀は空を流れ散るなり





1934

昭和9年1月集
    「明光」 89号 S 9. 1. 1
ふゆがれし やなぎのなみきゆれやめば あめしとしととまちをぬらすも
冬枯れし 柳の並木ゆれやめば 雨しとしとと街を濡らすも
    「明光」 89号 S 9. 1. 1 
ふゆのひを すうてここだにうれている みかんばたけのあかるくつづく
冬の陽を 吸うてここだにうれてゐる 蜜柑畑の明るくつづく
    「明光」 89号 S 9. 1. 1
ごごのひは まどにあかるしこのみたり おもよせあいてなにかてすさぶ
午後の陽は 窓に明るし子の三人 面よせあひて何か手すさぶ
    「明光」 89号 S 9. 1. 1
おいばねの おとにめざめてまずあおぐ はつひのてらうあたらしきそら
追羽根の 音に眼ざめて先づあふぐ 初日のてらふ新しき空
    「明光」 89号 S 9. 1. 1
にいはるの あさのうららさわかみずに うつるはつひのかげをむすべり
新春の 朝のうららさ若水に うつる初日の光をむすべり
    「明光」 89号 S 9. 1. 1
わがあしの したのおちばのあさじめり ひえはみぬちにのぼりくるかも
わが足の 下の落葉の朝じめり 冷えは身内にのぼりくるかも
第83回月並短歌 昭和8年12月1日
    「明光」 89号 S 9. 1. 1    冬の海
みじかびは おきよりくれてぬれいわに さすゆうつびのさむざむしけれ
短か日は 沖より暮れて濡れ岩に 差す夕つ陽の寒ざむしけれ
    「明光」 89号 S 9. 1. 1    冬の海
かんげつの ひかりつめたくきらめきて ふゆのよのうみひそやかなるも
寒月の 光り冷たくきらめきて 冬の夜の海ひそやかなるも
    「明光」 89号 S 9. 1. 1    雑 詠
こうどうの こえはひにひにあがりつつ われらがむねもあかるくなりけり
皇道の 声は日に日にあがりつつ 吾等が胸も明るくなりけり
    「明光」 89号 S 9. 1. 1    雑 詠
のうみんの なやみはふかくこのとしも はやゆきごもるふゆとなりける
農民の なやみは深く此の年も 早雪ごもる冬となりける
御生誕を祝ぎて
    「松風」 3-17 S 9. 1.**
あまつひこ あもりましけりそらはれて くさきもはゆるこのうららびよ
天津日子 天降りましけり空はれて 草木も映ゆるこのうらら陽よ
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    初 春
つつがなく またしょうがつをむかえてし いとどぼんなるよろこびにいる
恙なく 又正月をむかへてし いとど凡なるよろこびにゐる
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    初 春
あたらしき きぬにきぶくれこどもらは ひあたるえんにはしゃぎいるなり
新しき 衣に着ぶくれ子供らは 日あたる縁にはしやぎゐるなり
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    初 春
しんしゅんの うすらねぶたきひるすぎを きこゆるおとはおいばねのおと
初春の うすらねぶたき午すぎを 聞ゆる音は追羽根の音
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    わが家
かいのきゃく かえりしあとのさびしさを たたみみつめてわれはありける
会の客 かへりし後のさびしさを 畳見つめて吾はありける
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    わが家
まつのえも そらもまなこにしみつきぬ さんねんたちしにかいのわがへや
松の枝も 空も眼にしみつきぬ 三年たちし二階のわが部屋
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    わが家
にかいより おりるたまゆらひるをやく いおのにおいのひそかによろし
二階より 下りるたまゆら午を焼く 魚のにほひのひそかによろし
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    わが家
このなくに こころとられてうたのそう まとまりかぬるもどかしさなり
児の泣くに 心とられて歌の想 まとまりかぬるもどかしさなり
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    わが家
たのしさは きのあうひととかたるなり さよもいつしかくだかけのこえ
たのしさは 気の合ふ人と語るなり 小夜もいつしかくだかけの声
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    冬 晴
はりかえて あかるきしょうじひとえだの まつひっそりとうつりているも
はりかへて 明るき障子一枝の 松ひつそりと映りてゐるも
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    冬 晴
ふゆのそら すみきわまりてむさしのを つくばおろしのあらしまわれる
冬の空 すみきはまりて武蔵野を 筑波おろしの荒しまはれる
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    冬 晴
みあぐれば はやしのかれえしょうきんの あちこちわたるがひにひかりおり
見上ぐれば 林の枯枝小禽の あちこちわたるが陽に光りをり
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    冬 晴
しもふかき あしたなりけりかんすずめ うらさやがしくにわをとびちる
霜ふかき 朝なりけり寒雀 うらさやがしく庭をとびちる
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    冬 晴
おいまつの みきしもとけてりゅうのごと ぬれしきはだにあさひはえつつ
老松の 幹霜とけて竜のごと 濡れし木肌に朝日はえつつ
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    冬 晴
やまはだの あらわにさむしかれのこる くさにふゆびのあたるともなく
山肌の あらはにさむし枯れのこる 草に冬陽のあたるともなく

昭和8年12月29日
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    日 本
いわくこんぽんてきかいぞうこんぽんてきなになにでじつはこんぽんてきむさく
曰く根本的改造根本的何々で実は根本的無策
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    日 本
しゅぎせいさくはどうどうこんぽんてきでやることはおざなり
主義政策は堂々根本的でやることは御座なり
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    日 本
にほんじんまつおかよしっかりやれがいこくじんどもへ(じつはにほんじん)
日本人松岡よしつかりやれ外国人共へ(実は日本人)
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    日 本
こえいしょうぜんたり よんひゃくゆうよのせいみん
孤影悄然たり 四百有余の政民
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    日 本
せいとうざいばつのかいしょういちにちはやいだけそれだけたすかるんだ
政党財閥の解消一日速いだけそれだけ助かるんだ
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    日 本
とっけんかいきゅうをゆすぶっているめにみえぬじしん
特権階級をゆすぶつてゐる眼に見えぬ地震
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    日 本
さんじゅうろくねんのききをにんしきするにほんじんにんしきしないがいこくじん
三六年の危機を認識する日本人認識しない外国人
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    世 界
はくしょくばかがくりかえしている ぐんしゅくかいぎ
白色馬鹿がくりかへしてゐる 軍縮会議
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    世 界
はくしょくゆうえつをふみにじっている にほんしょうひん
白色優越を踏みにじつてゐる 日本商品
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    世 界
しろいてからアジアをとりもどすこれがこれからのしごとさ
白い手から亜細亜をとりもどす之れがこれからの仕事さ
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    世 界
アジアからしろいどろをぬぐうそれはかみのちからだ
亜細亜から白い泥をぬぐふそれは神の力だ

松風和歌第16回 昭和8年12月
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    雀
ガラスどに いきをころしつみいるなり わがまなかいのまつがえのすずめ
硝子戸に 息をころしつ見いるなり わがまなかひの松ケ枝の雀
松風和歌第13回 昭和8年12月
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    雑 詠
ひらひらと さわにおりけりしらさぎの つきのひかりをはねにたたえつ
ひらひらと 沢に下りけり白鷺の 月の光を羽にたたへつ
歌会即詠第15回 昭和8年12月
    「松風」 3-17 S 9. 1.**    冬の月
びるでぃんぐ くろぐろたてりふゆのつき いましまうえにするどくひかる
ビルディング 黒々とたてり冬の月 今し真上にするどく光る
昭和9年2月集
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    ひむがしの光
ひんがしの ひかりのみこはあれましぬ いでだいアジアよみがえるべし
ひむがしの 光の御子は生れましぬ いで大亜細亜よみがへるべし
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    ひむがしの光
なんとなく まちゆくひとのかがやける みこあれまししだいいちのはる
何となく 街ゆく人のかがやける 御子生れましし第一の春
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    ひむがしの光
おおしもの のづらはろけしひさにして すずめよりほかうごくものなき
大霜の 野面はろけし久にして 雀よりほか動くものなき
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    ひむがしの光
かんげつは ふゆがればやしのぞきつつ わがゆくさきをあかるくてらす
寒月は 冬枯林のぞきつつ わがゆく先を明るくてらす
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    ひむがしの光
あさあめの はれゆくなべにえだぬきし つゆのしらたまひにきらめくも
朝雨の はれゆくなべに枝貫きし 露の白玉陽にきらめくも
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    ひむがしの光
かんげつの そらさえわたりしろじろと こおるがごとくだいとねむれる
寒月の 空さえわたり白じろと 凍るがごとく大都ねむれる
第84回月並短歌 昭和9年1月12日

    「明光」 90号 S 9. 2. 1    雪
はたのなを あおくぬらしつひねもすを ふりてはきゆるはるのあわゆき
畑の菜を 青く濡らしつ終日を 降りては消ゆる春の淡雪
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    雪
うららなる ゆきのあしたよてんあおく ちはしろがねのきよきよそおい
麗らなる 雪の朝よ天青く 地は白銀の清きよそほひ
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    雑 詠
あきやまの しんかんとしてたまたまに きをきるおとのすみとおりくる
秋山の 深閑としてたまたまに 木を伐る音のすみとほりくる
    「明光」 90号 S 9. 2. 1    雑 詠
ゆうもやの しずかにかかるかれこだちの おくひそかなりきつつきのこえ
夕靄の 静かにかかる枯木立の 奥ひそかなり啄木鳥の声
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
あさざめの ふすまのぬくきふれごこち したしまれぬるはるとなりけり
朝ざめの 衾のぬくきふれ心地 したしまれぬる春となりけり
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
ふゆぞらの すみよわまりてうっすらと かすみたてるをいまぞみにける
冬空の 澄みよわまりてうつすらと 霞立てるを今ぞ見にける
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
もりばなの すつるがなかよりひとくきを つまのさせしやびんのすいせん
盛花の 捨つるが中より一茎を 妻のさせしや瓶の水仙*
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
ひとくれの ゆきまだみえてうらさみし ふゆはてんひのにわのかたすみ
ひとくれの 雪まだみえてうらさみし 冬果てん日の庭のかたすみ
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
あおみける すずかけなみきさやかなり ほこりのたえしうごのまちゆく
青みける 篠懸並木さやかなり 埃のたえし雨後の街ゆく
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
かすめしは ひばりなるらしむぎのおか かえりみすればそらにきえたり
かすめしは 雲雀なるらし麦の丘 かへりみすれば空に消えたり
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
みんなみの こまどのそらにふくらめる うめのつぼみをみつつあさげくう
みんなみの 小窓の空にふくらめる 梅の蕾を見つつ朝餉食ふ
   「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
かわほそく ながれけとおしさりながら さくらのつくるところまでゆかん
川細く 流れけ遠しさりながら 桜のつくる処までをゆかん
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
ひとのたけ なつはこえんかいまはただ ふなべりまでのわかあしのむら
人のたけ 夏は越えんか今はただ 舟べりまでの若葦のむら
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
くくたちの ふきのあおさをしたしみつ あめしずやかなにわもみており
くくたちの 蕗の青さをしたしみつ 雨しづやかな庭面見てをり
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
つゆおもく やえやまぶきのたわみおり かぜまだみえぬあさのひととき
露おもく 八重山吹のたわみをり 風まだ見えぬ朝のひととき
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
くれたけの ささはのあめにぬるるいろ ときわぎよりもすがすがしけり
呉竹の 笹葉の雨にぬるる色 常磐木よりもすがしかりけり
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
のうふたつ ひざのあたりにほののびし むぎうのおかにかぜやわらかき
農夫立つ 膝のあたりに穂ののびし 麦生の丘に風やはらかき
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
めっきりと やまはあおみぬしとしとと きょうもあさよりはるのあめふる
めつきりと 山は青みぬしとしとと 今日も朝より春の雨ふる
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    春
ひえくさの ほゆるるかぜをながめおり こころおちいるはるのひるすぎ
稗草の 穂ゆるる風をながめをり 心おちゐる春の午すぎ
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    ○
わらうたび なみだのいずるくせいまだ そのままにしてとしかさねゆく
笑ふたび 涙のいづる癖いまだ そのままにして年かさねゆく
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    ○
いきたらう いまのわれにしてあるときは やまにいりたきここちするよや
生き足らふ 今の吾にしてある時は 山に入りたき心地する世や

昭和9年2月6日
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
へいじょうじにさわいでひじょうじにおとなしいかえる
平常時にさわいで非常時におとなしい蛙
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
がいこうはしんねんでせいこうするというずのう けんきゅうもんだね
外交は信念で成功するといふ頭脳 研究もんだね
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
にほんはがいこうこうさく、べいろはぐんじこうさく
日本は外交工作、米露は軍事工作
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
てんこうばやり どうですかねもちがびんぼうには
転向ばやり どうです金持が貧乏には
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
しんしそうがもっともふるいこうどうにひざまづいてきた
新思想が最も古い皇道にひざまづいてきた
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
がっこうのこうちょうをきょういくするがっこうをたてろ
学校の校長を教育する学校を建てろ
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
ふんかざんじょうたいぜんとして せいとうのだいどうだんけつ
噴火山上泰然として 政党の大同団結
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
なかおかこんいちをしゃかいはこうかんでむかえる かんがえさせられる
中岡艮一を社会は好感で迎へる 考へさせられる
 ※中岡艮一 原敬首相の暗殺犯
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
あらきがやめたらもうあれだ あまがえるども
荒木が辞めたらもうアレだ 雨蛙共
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
えいこくせいりっけんせいじとにほんせいこうどうせいじとどっちだ
英国製立憲政治と日本製皇道政治とドツチだ
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
にほんせいしょうひんに はもたたないあわれえいこくせいひん 
日本製商品に 歯も立たない憐れ英国製品
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
ごるふきょうのぶんしょうにはわかるまいてな にほんせいしん
ゴルフ狂の文相には解るまいてな 日本精神
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
じゃーなりすとがしんしそうのやりばにこまっているいま
ジャーナリストが新思想のやり場に困つてゐる今
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
おうべいしゅうのありがたれん きゅうてんらく
欧米宗の有難連 急転落
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    時 局
ぶきみなソのほうれつにかこまれながらまんしゅうのていせいいわいはおめでたい
無気味な蘇の砲列にかこまれながら満洲の帝政祝ひはおめでたい
松風和歌第18回 昭和9年1月
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    水 仙
こうりんの えなりふりつむしらゆきと いろてりはゆるすいせんのはな
光琳の 絵なりふりつむ白雪と 色てりはゆる水仙の花
松風和歌第15回 昭和9年1月
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    雑 詠
このとしの なにかあかるくおもわれて はつはるのいまいそいそひすごす
この年の 何か明るくおもはれて 新春の今いそいそ日すごす
歌会即詠第16回
    「松風」 3-18 S 9. 2.**    追羽子
ひじょうじは ふかまりゆきてはるされど おいばねなどつくこころだになし
非常時は ふかまりゆきて春されど 追羽子などつく心だになし
昭和9年3月集
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    春のひざし
たいようの ひかりのなかのくれないを すいきわむるかこうばいのいろ
太陽の 光の中のくれなゐを 吸ひきはむるか紅梅のいろ
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    春のひざし
ひにしろき しょうじにはるのほのみえて うぐいすきなくひをぞまたるる
陽に白き 障子に春のほのみえて 鶯来鳴く日をぞ待たるる
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    春のひざし
ここにみる むさしくにばらかすみたち ちちぶさんみゃくほのかにあおし
ここに見る 武蔵国原霞たち 秩父山脈ほのかに青し
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    春のひざし
ぜんざんの わかめのみどりあさのひに けぶるをみればはるたけにける
全山の 若芽の緑朝の日に けぶるをみれば春たけにける
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    春のひざし
こうげんの はるをしゆけばあおめたつ からまつばやしことにさやけし
高原の 春をしゆけば青芽たつ 落葉松林殊にさやけし
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    春のひざし
わすらえし やなぎのさしきひそやかに におうわかめをけさみいでけり
忘らへし 柳の挿木ひそやかに 匂ふ若芽を今朝見いでけり
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    春のひざし
ゆづかれの みをよこたえてわれあれば ふすまをもれてごをかこむおと
温泉づかれの 身を横たへて吾あれば 襖をもれて碁をかこむ音

第85回短歌詠草
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    かるた
ももかがみ とりつとられつえらぎあう なかにうれしきつつましさあり
百鏡 とりつとられつ笑ぎあふ 中にうれしきつつましさあり
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    かるた
ぎんせいは いよいよさえてひのもとを ももてひらめきかるたとぶなり
吟声は いよいよ冴えて灯の下を もも手ひらめき歌留多飛ぶなり
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    かるた
はなやかな かるたのひとにうちまじり はるのひとよさわかやぎにける
はなやかな 歌留多の人にうち交り 春の一夜さ若やぎにける
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    雑 詠
やまいくつ かくれてあらんこのさとの あさをさむればふかきもやあり
山いくつ かくれてあらん此里の 朝を醒むれば深き靄あり
    「明光」 91号 S 9. 3. 1    雑 詠
ひをなべて いけにむすべるあつごおりの したにしてさかなのすむなり
日をなべて 池にむすべる厚氷の 下にして魚のすむなり
金蘭会第一回短歌
    「明光」 91号 S 9. 3. 1
ゆうあかり いざようそらにほのぐろく ゆらぎもみえでたこひとつうく
夕明り いざよふ空にほの黒く ゆらぎもみえで凧一つ浮く
    「明光」 91号 S 9. 3. 1
でんせんに かかれるたこのひらひらと ひねもすかぜにひるがえりおり
電線に かかれる凧のひらひらと ひねもす風にひるがへりをり
    「明光」 91号 S 9. 3. 1
せがまれて たこかいやればたかだかと ささげてあこはまちをゆくなり
せがまれて 凧買ひやれば高々と ささげて吾子は町を行くなり
昭和9年4月集
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    僧院の朝
そうぼうの あさのしずけさくりやより しょっきのおとのゆゆしくきこゆ
僧房の 朝のしづけさ厨より 食器の音のゆゆしくきこゆ
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    僧院の朝
もくれんの しろきはなびらちりてくる このそういんのゆうべになづむ
木蓮の 白き花びらちりてくる この僧院の夕べになづむ
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    僧院の朝
あさひかげ くさやまこえてながらえば うきたちみゆるはるうのみどり
朝日光 草山こえてながらへば 浮きたちみゆる春生のみどり
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    僧院の朝
ひのいろに はるみえそむるこのひごろ こころにかくるにわのうつろい
陽の色に 春見えそむるこの日ごろ 心にかくる庭のうつろひ
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    僧院の朝
みつよつの あかりまたたきもやかかる このむらざとのゆうのしずもり
三つ四つの 灯またたき靄かかる この村里の夕の静もり
第86回短歌詠草
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    冬 晴
ふゆはれて おしめかこちしつまのおも はればれとすもけさのうららび
冬晴れて 襁褓かこちし妻の面 晴ればれとすも今朝の麗陽
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    冬 晴
かっきりと ゆきやまはれてふゆがれの ぞうきばやしにことりむらがる
かつきりと 雪山晴れて冬枯れの 雑木林に小鳥群がる
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    冬 晴
うららびに ことりはおどりさえひかる ふゆがればやしさやけみゆくも
麗日に 小鳥はをどり小枝光る 冬枯林さやけみゆくも
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    雑 詠
たぶたぶと すがれまこもをゆさぶりて かすみがうらになみうちよせく
たぶたぶと すがれ真菰をゆさぶりて 霞ケ浦に波うちよせ来
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    雑 詠
さしのぼる あさつひのごとおおみこは あれましにけりこのひこのとき
さし上る 朝津日の如大皇子は 生れましにけり此の日此の時
    「明光」 92号 S 9. 4. 1    雑 詠
うららけき あさひのなかをぬれてたつ おすおしどりのはねのかがやき
うららけき 朝陽の中をぬれて立つ 雄鴛鴦の羽の輝き
白河支社第10回短歌 
    「明光」 92号 S 9. 4. 1
ふゆこだち いけをめぐりてさむざむし ふなつるひとのまれにいるかも
冬木立 池をめぐりて寒々し 鮒釣る人の稀にゐるかも
    「明光」 92号 S 9. 4. 1
あささむみ わがまどくればすいせんの めばえしつちにしものしろきも
朝寒み わが窓くれば水仙の 芽生えし土に霜の白きも
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
つきあかり はなにおぼめくこのよいや ものなつかしくいもとさまよう
月明り 花におぼめくこの宵や ものなつかしく妹とさまよふ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
ひとすまぬ いえいのかきにさきかざす さくらみあげてなにかさみしき
人住まぬ 家居の垣にさきかざす 桜見上げて何かさみしき
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
はなにうく はなみのひととなずさわぬ わがさがたらうとしとなりけり
花に浮く 花見の人となづさはぬ わが性足らふ年齢となりけり
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
ひしひしと はなおるけはいはるのよの おぼろのつきにぬすびとみえず
ひしひしと 桜折るけはひ春の夜の おぼろの月にぬす人見えず
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
ひるなかの ひとでいといてよざくらを みまくきぬればよきつきよなり
昼中の 人出いとひて夜桜を 見まく来ぬればよき月夜なり
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
かわかぜの ふくやきしべにちりだまる さくらのはなびらまろびおちつつ
川風の ふくや岸辺にちりだまる 桜の花びらまろびおちつつ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
あまぐもを きづかいつつもうかららと はなみてまわりたらうよいかも
雨雲を きづかひつつもうかららと 花見てまはり足らふ宵かも
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    桜
ごごになりて かぜまきふきけりあおくさの つつみにはなのしろじろたまる
午後になりて 風巻ふきけり青草の 堤に花の白じろたまる
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    春 閑
うからたち つみくさにいでしかおともなし ごごかんにしてへやのあかるき
うからたち 摘草にいでしか音もなし 午後閑にして部屋の明るき
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    春 閑
はるぞらは ガラスどすけてのどかなる まつのこぬれにむかうわがいま
春空は 硝子戸にすけてのどかなる 松の木ぬれに対ふわが居間
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    春 閑
うらはれし そらにめぶきのさやけさよ きゃくとのかたらいとのもをみつつ
うらはれし 空に芽ぶきのさやけさよ 客と語らひ外面を見つつ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    春 閑
しずみゆく はるひのなかをさびしらに ちょうのひとつがまだのにさまよう
しづみゆく 春陽の中をさびしらに 蝶の一つがまだ野にさまよふ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    春 閑
ゆきずりの おみなさくらそうのたばもてり はるをたずねてきつるののみち
ゆきずりの 女桜草の束もてり 春をたづねて来つる野の路
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    春 閑
ゆうばえの むらだちくもをこえてゆく からすありけりはねかがやきつ
夕映えの むらだち雲を越えてゆく 鴉ありけり羽かがやきつ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    鳩
わがにわに このごろはとのまいきつる ひやしんすさくはなのあたりに
わが庭に このごろ鳩の舞ひ来つるも ヒヤシンス咲く花のあたりに
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    鳩
こめまけば いそいそとしてついあゆむ はとにみいりつあかるむこころ
米まけば いそいそとして啄あゆむ 鳩にみいりつ明るむこころ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    鳩
やまぶきの ちりてそぼふるあめのにわ えちえちあゆむはとのあしあかき
山吹の ちりてそぼふる雨の庭 ゑちゑち歩む鳩の足紅き
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    希 望
れいめいの ひかりみちくるわがむねの おもいにえしらぬなみだいざなう
黎明の 光みちくるわが胸の おもひにえしらぬ涙いざなふ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    希 望
おおいなる のぞみのわけばあめつちも わがものとさえおもおゆもおかし
大いなる のぞみのわけば天地も わがものとさへ思ほゆもをかし
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    希 望
はなたれて はてなきそらにまいいゆく とりにくらべてわれをみにけり
はなたれて 涯なき空に舞ひいゆく 鳥にくらべて吾を視にけり
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    希 望
くものうえ おもうがままにかけめぐる りゅうじんのわざふとおもうとき
雲の上 おもふがままにかけめぐる 竜神の業ふとおもふ時
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    希 望
ぬばたまの やみにひとつのひかりふり ひろぎゆくならんつちのはたてに
ぬば玉の 闇に一つの光降り ひろぎゆくならむ地のはたてに
昭和9年4月16日
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
しゅんじつちちとして ないかくもえんめい
春日遅々として 内閣も延命
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
みやさまのおじひ はやしりくしょうのじょうそうをふっけしたまう
宮様の御慈悲 林陸相の情操をふつけし給ふ
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
はちじゅういくさいのさんちょうろうがゆうゆうせいじこうさく よはひじょうじ
八十幾才の三長老が悠々政治工作 世は非常時
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
よぼよぼのさんじいさんが せおっているしんこうにほん
よぼよぼの三爺さんが 背負つてゐる新興日本
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
とっけんかいきゅうとは だいしんぶんとそうしてふごう
特権階級とは 大新聞と さうして富豪
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
がいこくしゅぎがだいしんぶん にほんしゅぎが しょうしんぶん
外国主義が大新聞 日本主義が 小新聞
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
とうとうなくなっちゃった ぶんしょうになるほどのじんかくしゃがにほんに
遂々無くなつちやつた 文相になる程の人格者が日本に
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    昭和9年4月
せいれんけっぱくで びくびくしている こやまほうしょう
清廉潔白で びくびくしてゐる 小山法相
松風和歌第19回 昭和9年2月
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    鶯
ふとみたる ささむらかげにうごくもの うぐいすならめはつねきかばや
ふと見たる 笹むらかげにうごくもの 鶯ならめ初音きかばや
松風和歌第15回 昭和9年2月
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    雑 詠
しゅうまつの よとはなりけりれいぜんと みるまなこにはまざまざうつる
終末の 世とはなりけり冷然と 見る眼にはまざまざうつる
歌会即詠第17回 昭和9年2月
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    冬 陽
はれつぐる ひよりうれしみきょうもまた ひあたるえんにぬくもりにけり
晴れつぐる 日和うれしみ今日も又 陽あたる縁にぬくもりにけり
松風和歌第20回 昭和9年2月
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    柳
ようりゅうの わかばのにおいすがしみつ ゆくかたがわはおだのつづける
楊柳の 若葉のにほひすがしみつ 行く片側は小田のつづける
松風和歌第16回 昭和9年3月 
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    雑 詠
うたものす よりむずかしとまつかぜの せんをなしつつつくづくおもう
歌ものす よりむづかしと松風の 選をなしつつつくづくおもふ
歌会即詠第18回 昭和9年3月
    「松風」 3-19 S 9. 4.**    春の暁
ほのぼのと しらむしょうじにかげうつる めぶきのえだにことりうごける
ほのぼのと 白む障子にかげうつる 芽ぶきの枝に小鳥うごける
昭和9年5月集
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    春たけて
まくらべの しょうじにうららひのさして すずめのこえもにくからぬあさ
枕辺の 障子にうらら陽のさして 雀の声もにくからぬ朝
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    春たけて
さみだれて とおみえなくもめじちかき あおあしはらにしらさぎのおりくも
さみだれて 遠見えなくも眼路近き 青葭原に白鷺の下り来も
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    春たけて
ことりとて たのしからずやはるのひを あみてえだよりえだにうつれる
小鳥とて 楽しからずや春の陽を 浴みて枝より枝に移れる
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    春たけて
はるたけて こぶかくなりしさにわべの ゆうべさみしくがまのなくなり
春たけて 木深くなりし小庭べの 夕べ淋しく蟇の鳴くなり
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    春たけて
ちょうのかげ おうめにとめぬあおくさの ののすえにしてしらほかすめる
蝶のかげ 追ふ眼にとめぬ青草の 野の末にして白帆かすめる
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    春たけて
あめやみて しずくしたたるへいうえの かさまつのみどりすがすがしもよ
雨やみて 雫したたる塀上の 傘松の緑清々しもよ
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    春たけて
ほそうろを てりかえすひもあつからず めぶきのこかげふみてこころよき
舗装路を てりかへす陽も暑からず 芽ぶきの木蔭踏みて快き
第87回短歌詠草
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    若 芽
ひにしろむ しょうじあくればうらかわは あめのはれまをめぶきかがやう
陽に白む 障子あくれば裏川は 雨のはれ間を芽吹きかがやふ
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    若 芽
あめけむる かわもにたれしいとやぎの しずくにまがうわかめのひかり
雨煙る 川面にたれし糸柳の 雫にまがふ若芽の光
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    若 芽
あめばれの そらにこのめのふくらみを なつかしみつつほそうろをゆく
雨ばれの 空に木の芽のふくらみを 懐みつつ舗装路を行く
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    雑 詠
あおあおと かわぞいやなぎけむらいて とおきみぎわにうまあらうみゆ
青あをと 川添ひ柳煙らひて 遠き汀に馬洗ふ見ゆ
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    雑 詠
さきたわむ やえやまぶきをおおらかに うちなびかせてはるのかぜふく
咲きたわむ 八重山吹を大らかに うち靡かせて春の風吹く
    「明光」 93号 S 9. 5. 1    雑 詠
おおぬまに ひょろひょろとうくすがれもを はるのやわかぜもてあそびおり
大沼に ひよろひよろと浮くすがれ藻を 春のやは風もてあそびをり
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    この頃
なにもかも ゆるしてやりたきここちすも さつきのあさのはればれしそら
何もかも 赦してやりたき心地すも 五月の朝のはればれし空
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    この頃
かねなどと いいのけてまだまのあらず ひたにほりするわれとなりけり
金などと 言ひのけてまだ間のあらず ひたに欲する吾となりけり
    「松風」 3-20S 9. 5.**    この頃
あくまでもと こころくだきてこのわれに つかうるひとのあるよたのもしき
あくまでもと 心砕きてこの吾に 仕ふる人のある世たのもしき
    「松風」 3-20S 9. 5.**    この頃
めさむれば いまみしゆめとあまりにも かけはなれたるおのれにありき
目さむれば 今見し夢とあまりにも かけはなれたる己にありき
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    この頃
しつれんの はなしなどするおみなあり おもながにしてまゆほそきかも
失恋の 話などする女あり 面長にして眉細きかも
麹町に移りて
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    この頃
うつりたての たどたどしさよかたづきて つねのこころにかえりけるか
うつりたての たどたどしさよ片附きて 常の心にかへりけるか
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    六月の空
ろくがつの そらににじめるろくしょうの いろはあおばのふかきかさなり
六月の 空に滲める緑青の 色は青葉のふかき重なり
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    六月の空
あせややに にじみけるかもこだちもる かぜせにうけてめにあおたみる
汗ややに にじみけるかも木立もる 風背にうけて目に青田見る
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    六月の空
いえたてて すまばやとおもうおかのあり まともにふじのいただきもみえ
家建てて 住まばやと思ふ丘のあり まともに富士の巓もみえ
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    六月の空
くわばたけの わかめきらきらひにてらい ほおじろいちわききといるなり
桑畑の 若芽きらきら陽にてらひ 頬白一羽嬉々とゐるなり
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    六月の空
まつなみきが おとすはだらのごごのひを あみつこうまらとおみゆくかも
松並木が おとすはだらの午後の陽を 浴みつ仔馬ら遠みゆくかも
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    六月の空
ふるめける しゃもんのうえのあおぞらに さくきりのはなわざとしからず
古めける 社門の上の青空に 咲く桐の花わざとしからず
昭和9年5月25日
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
ざいばつのいともちゅうじつなばんけん にほんのだいしんぶんし
財閥のいとも忠実な番犬 日本の大新聞紙
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
かぶしきがいしゃ○○しんぶんしゃ かはんすうのかぶぬし みついぼう
株式会社○○新聞社 過半数の株主 三井某
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
げんろんとざいりょくをしょうあくするユダヤか、にほんも いまや ああ
言論と財力を掌握する猶太禍、日本も 今や 嗚呼
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
よろんはもうない げんろんが ざいばつの てに はいって
輿論はもうない 言論が 財閥の 手に 入つて
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
だいせいゆうかいそうさい すずきくんのてにまで ながれこんだわいろ
大政友会総裁 鈴木君の手にまで 流れ込んだ賄賂
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
はじをしらぬもの しょうわはちくねんのだいじん
恥を知らぬもの 昭和八九年の大臣
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
さいとうしゅしょうはぐんじんだったっけ ぐんじんはぶしじゃなかったっけか
斎藤首相は軍人だつたつけ 軍人は武士ぢやなかつたつけか
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
わいろとはこっこのかねを こっそりどろぼうすることになり
賄賂とは国庫の金を コツソリ泥棒することなり
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
せいじかとはせいれんけっぱくといいいいなわつきになるもの
政治家とは清廉潔白と言ひいひ縄付になる者
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
せいとうとは とうぞくだんでないと だれがいいえる
政党とは 盗賊団でないと 誰が言ひ得る
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
どろぼうせいとう どろぼうかんり どろぼうきょういくか ああああ ああ
泥棒政党 泥棒官吏 泥棒教育家 嗚呼々々 々々
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
いにしえはしんこくにほん いまじゃ どろぼうこく にほん
古は神国日本 今ぢや 泥棒国 日本
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
にほんじゅう どろぼうだらけ けいさつ かんごく、おすなおすな
日本中 泥棒だらけ 警察 監獄、押すなおすな
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
ぶんかとは どろぼう かんつう じさつしゃがふえるしゃかいをいうんだ
文化とは 泥棒 姦通 自殺者が増える社会を言ふんだ
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
あらゆるつみとけがれをやきつくすせいかが もえあがらぬはずはない
あらゆる罪と穢を焼き尽す聖火が 燃え上らぬ筈はない
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    ○
あらゆるおだくをきよめる れいすいが わきおこらぬはずはない
あらゆる汚濁を浄める 霊水が 湧き起らぬ筈はない
松風和歌第21回 昭和9年4月
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    燕
おおたきを みあぐるめじにきのつけば かばしらのごといわつばめとべる
大滝を みあぐる眼路に気のつけば 蚊柱のごと岩燕とべる
松風和歌第17回 昭和9年4月
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    雑 詠
かがやける さきつおもいてねむらえぬ さよのうれしさくるしさにおり
かがやける 前途おもひて眠らえぬ 小夜のうれしさ苦しさにをり
歌会即詠第19回 昭和9年4月
    「松風」 3-20S 9. 5.**    春の山
このめふく ころのやまじはたのしけれ されどせんすべなくてわれすぐ
木の芽ふく ころの山路はたのしけれ されどせんすべなくて吾すぐ
松風和歌第22回 昭和9年5月
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    温 泉
ゆけむりに ほかげおぼろなりやまのゆの よはしんしんとふけりゆくかも
湯けむりに 灯光おぼろなり山の温泉の 夜はしんしんとふけりゆくかも
松風和歌第18回 昭和9年5月 麹町の新居にて
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    雑 詠
しんりょくの ことによろしきしょうふうえん さかれるいまのさみしさにおり
新緑の 殊によろしき松風苑 さかれる今のさみしさにをり
歌会即詠第19回 昭和9年5月
    「松風」 3-20 S 9. 5.**    五月の町
さやけさの さつきのまちよじどうしゃの まどにひらめくわかばのひかり
さやけさの 五月の街よ自動車の 窓にひらめく若葉のひかり
第88回短歌詠草
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    春 陽
えだうつる ことりのかげもうれしけれ はるびうらうらしょうじにさせる
枝うつる 小鳥のかげもうれしけれ 春陽うらうら障子にさせる
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    春 陽
なのはなに まいよるちょうのともすれば はるのひざしにまぎれがちなる
菜の花に まひよる蝶のともすれば 春の陽ざしに紛れがちなる
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    春 陽
のびのびと あくびひとつしてねこのさる ながきえんがわはるひながるる
のびのびと あくび一つして猫の去る 長き縁側春陽ながるる
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    雑 詠
さやけかり くももかすみもふきはれし あおばあかりのこうげんのみち
さやけかり 雲も霞もふきはれし 青葉明りの高原の道
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    春 陽
うぐいすの ささなきたてりあさひさす しょうじのかげにふとききいるも
鶯の ささ啼きたてり朝日さす 障子のかげにふと聞きゐるも
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    春 陽
かすみはれし さつきのよぞらさやかなり はざくらやまのうえにつきうく
霞はれし 五月の夜空さやかなり 葉桜山の上に月浮く
金蘭会第2回短歌
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    白 梅
まどくれば あめもつつきのよいぞらに しらうめのはなおぼろににおえる
窓くれば 雨もつ月の宵空に 白梅の花おぼろに匂へる
    「明光」 94号 S 9. 6. 1    白 梅
はるのひに いきづくごとくしらうめの はなよりたてるうすらびけぶり
春の日に 呼吸づくごとく白梅の 花よりたてるうすら陽けぶり
昭和9年7月集
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    青 嵐
なにかしら はかなくくれぬくれぎわの からすなくこえみみにのこりて
何かしら はかなく昏れぬくれぎはの 鴉鳴く声耳にのこりて
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    青 嵐
あがめられて うらはずかしきおもいなり たばこのけむりおおらかにはく
崇められて うらはづかしき思ひなり 煙草の煙おほらかに吐く
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    青 嵐
くちぶえを ふとふきならしわがとしを おもいてやめぬあおばのこうえん
口笛を ふと吹きならし我年齢を おもひてやめぬ青葉の公園
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    青 嵐
いきものの ごとくみゆめりおのもおのも きぎのわかばのもえきおいたち
生きものの ごとく見ゆめりおのもおのも 木々の若葉のもえきほひたち
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    青 嵐
しいあおば とりまくへやのおぐらかり それがよろしととものいえほむ
椎青葉 とりまく部屋の小暗かり それがよろしと友の家称む
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    青 嵐
あおあらし ふくやとりわけほおのはの うちひろがえるがめにさやけかり
青嵐 ふくやとりわけ朴の葉の うちひるがへるが眼にさやけかり
第89回短歌詠草
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    桜
ほどよくも かすみてはなはみごろなり かわこすふねのもどかしきかな
ほどよくも 霞みて花は見頃なり 川越す舟のもどかしきかな
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    桜
むかつきしの なみきのさくらさきにけり あさのみぎわにあざやかなかげ
向つ岸の 並木の桜咲きにけり 朝の汀にあざやかなかげ
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    桜
ちりうずむ ながれもあえぬいささがわ かくしてことしのはなもすぎぬる
ちり埋む 流れもあへぬいささ川 かくして今年の花もすぎぬる
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    雑 詠
まあかなる いささおがわのおちつばき はるひのなかにながれもあえず
ま赤なる いささ小川の落椿 春陽の中に流れもあへず
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    雑 詠
つまとこら あそびにいでてしずかなる へやのしょうじにこもれびのかげ
妻と子ら 遊びにいでて静かなる 部屋の障子に木もれ陽の光
    「明光」 95号 S 9. 7. 1    雑 詠
やまあいの ひはうすづきぬひとすじの まあおきかげをさつきだにひき
山間の 日はうすづきぬ一筋の ま青き光を五月田にひき
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
ものをこわし ここちよしとうひとのはなし そのひとのこころつかめざるわれ
物を毀し 心地よしとふ人の話 その人の心つかめざるわれ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
かねからんと おもいつからですみにけり このうれしみのたとえがたなき
金借らんと 思ひつからですみにけり この嬉しみのたとへがたなき
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
くさばなの さくをまちいるもどかしさ それにもにたるあるときのこころ
草花の 咲くを待ちゐるもどかしさ それにも似たるある時の心
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
おうぜいの らいきゃくさりししずけさよ たばこのけむりふとみあげつつ
大勢の 来客去りし静けさよ 煙草の煙ふと見あげつつ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
すいみつとうを くいてべとべとするゆびに まんねんひつをはさみけるかも
水蜜桃を 食ひてべとべとする指に 万年筆をはさみけるかも
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
のうそんの きゅうさいさくをきかれたり しゃっきんぼうびきとわれはこたえぬ
農村の 救済策を訊かれたり 借金棒引と吾は答へぬ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
きまぐれな こころによるのしんじゅくに きてしまいけりつまもともなる
気まぐれな 心に夜の新宿に 来てしまひけり妻も倶なる
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
ひとのこいの はなしきけどもそらごとの ごとくにありぬわれおいけるか
人の恋の 話きけども空事の ごとくにありぬ吾老いけるか
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
ふとこころ くらくなりけりちゅうしゃにて まかりしというこのはなしきき
ふと心 暗くなりけり注射にて 死りしといふ児のはなしきき
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
このびょういんの かんじゃのこらずなおしたしと おもいつながきろうかをゆくも
この病院の 患者のこらず治したしと 思ひつ長き廊下をゆくも
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    心
いっぴきの かをはたきたるこころよさ かかるこころはひとももてるか
一疋の 蚊をはたきたる快さ かかる心は人ももてるか
昭和9年7月23日
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
おかだないかくもどのないかくもこうりょうはおなじだ いっそかっぱんずりにしたらどうだ
岡田内閣もどの内閣も綱領は同じだ イツソ活版刷にしたらどうだ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
だいじんのいちがやなんかなんともおもわない それほどつねのことになったんだ
大臣の市ケ谷なんか何とも思はない それほど常の事になつたんだ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
こくむだいじんがじょうししたらそのきじはみんながめをみはるだろう
国務大臣が情死したら其記事はみんなが眼をみはるだらう
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
めいきょうしすいしがあぶない とさ
明鏡止水氏が危ない とさ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
いちないかくができるたびにだいしんぶんへのおくりものにじゅうまんえんだとさ
一内閣が出来る度に大新聞への贈り物二十万円だとさ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
ひにひにかしぐ しにせせいゆうや
日に日にカシグ 老舗政友屋
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
がいこくもほうかいしょうじだい なんとこころよいひびきだ
外国模倣解消時代 何と快いひびきだ
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
にほんのユダヤはすいへいしゃじゃない みついみつびしなどごうほうてきかくめい ごうほうてきしゅうわい ごうほうてきはれんち
日本の猶太は水平社ぢやない 三井三菱など合法的革命 合法的収賄 合法的破廉恥
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
あくにんのしゅごしんとしての ほうりつ
悪人の守護神としての 法律
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
ぜんいな ごうほうてきさつじんしゃとしての いし
善意な 合法的殺人者としての 医師
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
よのなかにいしゃが なかったら しぼうりつははんげんする
世の中に医者が 無かつたら 死亡率は半減する
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    ○
さあたいへん しんぶんがくさってしまった どうしたらいい
サア大変 新聞が腐つてしまつた どうしたらいい
松風和歌第23回 昭和9年6月
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    青 葉
たまたまの そとでのまなこにしみらなり あおばわかばのいよよふかまり
たまたまの 外出の眼にしみらなり 青葉若葉のいよよ深まり
松風和歌第19回 昭和9年6月
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    雑 詠
くにのため つくすにさえもかねのこと こころづかいすよこそかなしき
国の為 尽すにさへも金の事 心づかひす世こそかなしき
歌会即詠第21回 昭和9年1月
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    錦 魚
このいおは ひとのまなこをたのします いきものにあるかはちのきんぎょ
此魚は 人の眼をたのします 生ものにあるか鉢の金魚
松風和歌第24回 昭和9年7月
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    釣 魚
むねぬちに かいきみたしつひねもすを おだいばおきにぼらつりにけり
胸ぬちに 海気充しつひねもすを 御台場沖に鯔釣りにけり
松風和歌第20回 昭和9年7月
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    雑 詠
とうこうを しめきりまでにまにあわす ひとはまことのひとにありけり
投稿を 締切までに間に合はす 人は誠の人にありけり
歌会即詠第22回 昭和9年7月
    「松風」 3-21 S 9. 7.**    祭 礼
おごそかな みこしのとぎょよとつくにに ほこらまほしとわれおもいけり
おごそかな 神輿の渡御よ外国に ほこらまほしと吾思ひけり
昭和9年8月集
    「明光」 96号 S 9. 8. 1    快 晴
なにかしら よきことのくるかんじすも このひのそらのこころよきはれ
何かしら 吉きことの来る感じすも この日の空の快き晴れ
    「明光」 96号 S 9. 8. 1    快 晴
ひやひやと よかぜみにしむかわべりの やなぎのしたになつのつきみあぐ
ひやひやと 夜風身にしむ川べりの 柳の下に夏の月見あぐ
    「明光」 96号 S 9. 8. 1    快 晴
かみかりし あかるきこころにようもなき まちいくまがりなしてかえれり
髪刈りし 明るき心に用もなき 町いくまがりなして帰れり
    「明光」 96号 S 9. 8. 1    快 晴
そのころの おみなのおもわいくたりか めにうかみゆくもわれねぐるしく
そのころの 女の面輪いくたりか 目にうかみくも吾寝ぐるしく
    「明光」 96号 S 9. 8. 1    快 晴
やみがたき いつわりごとをいいてのち たらわぬこころにたたみみつむる
やみがたき いつはり事を言ひて後 足らはぬ心に畳見つむる
昭和9年9月集
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    涼 風
とんぼつる このかおくろしなつのひは ひまわりのはなにかがよいており
蜻蛉つる 子の顔黒し夏の陽は 向日葵の花にかがよひて居り
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    涼 風
ふうちそうの あおきひとはちがへやぬちの なつのあつさをなごめいるかも
風知草の 青き一鉢が部屋ぬちの 夏の暑さを和めゐるかも
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    涼 風
のうそんの つかれしはなしききにけり きょうもひえびえとなつのあめふる
農村の 疲れし話ききにけり 今日もひえびえと夏の雨ふる
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    涼 風
じっとりと つゆにぬれいるあさがおの はなのむらさきみつつあかなき
じつとりと 露に濡れゐる朝顔の 花のむらさき見つつあかなき
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    涼 風
ゆうがおの はちをすだれのまえにおき むしのねすがしむゆうべなりけり
夕顔の 鉢を簾の前に置き 虫の音清しむ夕べなりけり
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    涼 風
むかいやの やねにおりおりくるはとを みせたくおもうさかりいるこに
向ひ家の 屋根にをりをり来る鳩を 見せたく思ふさかりゐる子に
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    涼 風
ふみくれば がのむくろおちぬふとこぞの あきのことどもおもいみにけり
書籍くれば 蛾のむくろ落ちぬふと去年の 秋のことども思ひみにけり
第91回短歌詠草
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    雑 詠
ふりそそぐ はつなつのひにもえており つつじきりしまおかのなぞえに
ふりそそぐ 初夏の日にもえてをり 躑躅霧島丘のなぞへに
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    雑 詠
あえるひと みなはらからのしたしさを おぼゆるひなりわかばかがよう
逢へる人 みなはらからの親しさを 覚ゆる日なり若葉かがよふ
金蘭会第3回短歌
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    春の月
おぼろめく つきのよごろはみはるかす さくらのやまもしらくもとみゆ
おぼろめく 月の夜ごろはみはるかす 桜の山も白雲と見ゆ
    「明光」 97号 S 9. 9. 1    春の月
かどぎわの やなぎにはるのつきかかり たちいでがてにふとみとれつつ
門ぎはの 柳に春の月かかり 立ち出でがてにふと見惚れつつ
昭和9年10月集
    「明光」 98号 S 9.10. 1    秋さはやか
こおろぎの こえはじめてのこよいなり ゆぶねにひたりしみじみときく
蟋蟀の 声はじめての今宵なり 湯槽にひたりしみじみと聞く
    「明光」 98号 S 9.10. 1    秋さはやか
とうきびの はずれのおとのさやさやと ばんしゅうのかぜきょうもふくなり
唐黍の 葉ずれの音のさやさやと 晩秋の風今日も吹くなり
    「明光」 98号 S 9.10. 1    秋さはやか
さわやかな あきのはやしにこころゆく ばかりにあさのきをすいゆくも
さはやかな 秋の林に心ゆく ばかりに朝の気を吸ひゆくも
    「明光」 98号 S 9.10. 1    秋さはやか
ほりばたの やなぎのかげのながながと おおうちやまにつきかたぶける
濠端の 柳のかげのながながと 大内山に月かたぶける
    「明光」 98号 S 9.10. 1    秋さはやか
しおむすびに えだまめなすのこうのもの よごとくいけるなつすぎにける
塩むすびに 枝豆茄子の香の物 夜毎食ひける夏すぎにける
    「明光」 98号 S 9.10. 1    秋さはやか
まつたけの ぜんにのぼりてようやくに あきのしたしさふかみけるかも
松茸の 膳にのぼりてやうやくに 秋のしたしさ深みけるかも
第92回短歌詠草
    「明光」 98号 S 9.10. 1    神 社
おおみかど しのびまつりてよよぎなる みみやにねぎぬただならぬよを
大みかど 偲びまつりて代々木なる 神宮に願ぎぬただならぬ世を
    「明光」 98号 S 9.10. 1    雑 詠
つきややに かたぶけるかもえんばなに まつのこずえのかげななめなり
月ややに かたぶけるかも縁端に 松の梢のかげななめなり
   「明光」 98号 S 9.10. 1    雑 詠
やのごとく つばめゆきけりあめいまだ ひろきかわもをふりこめにつつ
矢の如く 燕ゆきけり雨いまだ 広き川面をふりこめにつつ
    「明光」 98号 S 9.10. 1    雑 詠
ゆあがりの みにすがすがししげらえる あおばのにわをとおりくるかぜ
湯あがりの 身にすがすがし茂らへる 青葉の庭を通りくる風
    「松風」 3-22 S 9.10.**    冬近し
ねころびて てんじょうあおげばじゅうがつと いうにばったのへんがくにあおき
臥ころびて 天井仰げば十月と いふにバッタの扁額に青き
    「松風」 3-22 S 9.10.**    冬近し
きくいけて たらうあさかなながあめの やみてしょうじにひのうららかげ
菊生けて 足らふ朝かな長雨の やみて障子に陽のうらら光
    「松風」 3-22 S 9.10.**    冬近し
きのしまる ふゆのけはいにさかりいる こどもらたちをおもいずるあさ
気のしまる 冬の気はひにさかりゐる 子供ら達を思ひづる朝
    「松風」 3-22 S 9.10.**    冬近し
ねこのこえ さよのしじまにすみとおり ふみよむあきのみみにつきけり
猫の声 小夜のしじまにすみとほり 書読む秋の耳につきけり
    「松風」 3-22 S 9.10.**    冬近し
のうそんの つかれしきじのしんぶんに みぬひとてなしむねのおもかり
農村の 疲れし記事の新聞に 見ぬ日とてなし胸の重かり
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
ひとよりも たのしきことありひとよりも くるしきことありわがさだめかも
人よりも 楽しき事あり人よりも 苦しき事ありわが運命かも
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
われをそしる ひとのはなしをよそごとの ごとくにききいるわれをみいでぬ
吾をそしる 人の話を他事の 如くにききゐる吾を見いでぬ
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
うそいいて やすくわたれるよのなかと ふかまりしるがただにかなしき
嘘言ひて 安く渡れる世の中と ふかまり知るがたゞに悲しき
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
まがびとの はばるよにありほがらかに いくるこのことおおきからずや
曲人の はばる世にありほがらかに 生くるこの事大きからずや
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
わがむねに ちかごろのいくひかたむろして すぎゆきにけるこほしひとありき
わが胸に 近頃のいく日か屯して すぎゆきにける恋ほし人ありき
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
しゅじゅつなど やばんのきわみとわれいえば まゆをひそむるいんてりのかれ
手術など 野蛮の極と吾いへば 眉をひそむるインテリの彼
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
はらだちを おさえつつありにほんめの しがーにいつかひのつきてあり
腹立ちを 押へつつあり二本目の シガーにいつか火の点きてあり
    「松風」 3-22 S 9.10.**    吾
かんがえの まとまりがたきもどかしさ たいざのかれはわれをみつめつつ
考への まとまりがたきもどかしさ 対座の彼は吾を見つめつつ
昭和9年10月26日
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
ぐんしゅくかいぎがぐんびかくちょうをうんではいる
軍縮会議が軍備拡張を生んではゐる
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
へいわこうさくとはせんびじゅうじつまでのひきのばしこうじょう
平和工作とは戦備充実までの引き延ばし口上
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
さんじゅうごろくねんのききょくをかついでみんなわっしょわっしょ
三十五六年の危局をかついでみんなワツショワツショ
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
とっけんへのきゅううすんごぶとしてのりくぐんのぱんふれっと
特権への九寸五分としての陸軍のパンフレット
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
つまるところぐんぶどくさいせいになるまでのいきさつ
ツマルところ軍部独裁制になるまでのイキサツ
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
ぐんぶどくさいでうかみあがるものにほんじんこうのくぶくりん
軍部独裁で浮みあがる者日本人口の九割九分
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
せいゆうかいのちょうろうとやらによってまだそんざいしていたっけせいとう
政友会の長老とやらに由つてまだ存在してゐたつけ政党
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
だいにせいおんちゃくがた おかだしゅしょう
第二世温着型 岡田首相
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
せいぎにも いろいろあるからおもしろい にほんのせいぎとえいべいのせいぎ
正義にも いろいろあるから面白い 日本の正義と英米の正義
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
ぶんしょういちだいのけっさく ぱぱまませいばつ
文相一代の傑作 パパママ征伐
    「松風」 3-22 S 9.10.**    ○
かふかいぎかふかいぎになりそう
華府会議寡婦会議になりさう
松風和歌第25回 昭和9年8月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    避 暑
えんねつに まくるがごときよわさにて このだいしんぎょうのつとまるべきや
炎熱に 負くるがごとき弱さにて 此大神業の努まるべきや

松風和歌第21回 昭和9年8月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    雑 詠
いささかの ことはじむればきもたまの ちいさきひとらでんぐりがえるも
いささかの 事はじむれば胆玉の 小さき人らでんぐりかへるも
松風和歌第26回 昭和9年9月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    秋近し
あきちかみ はたらかなんとするおもい ぼつぼつとしてわきてくるなり
秋近み 働かなんとする思ひ 勃々として湧きてくるなり
松風和歌第22回 昭和9年9月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    雑 詠
てんごくの みちをしらずばわれはいま よのうたてさになきぬれてあらん
天国の 道を知らずば吾は今 世のうたてさに泣き濡れてあらん
歌会即詠第24回 昭和9年9月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    公園の秋
こうえんの あきしらぬげにひとびとの おおかたすぽーつなどによりいる
公園の 秋知らぬげに人々の 大方スポーツなどに集りゐる
和歌兼題第27回 昭和9年10月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    秋 陽
えんさきの こぎくのはちにさむげなる うすらうすらにあきびさりゆく
縁先の 小菊の鉢の寒げなる うすらうすらに秋陽去り行く
松風和歌第23回 昭和9年10月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    雑 詠
いまわしき よのことごとはせんまんり さかるがごとしかんのんえがきつ
いまはしき 世の事々は千万里 さかるが如し観音描きつ
歌会即詠第25回 昭和9年10月
    「松風」 3-22 S 9.10.**    秋の町
さわやかな かぜそよわたるあきのまち せるのすそさばきこころよくゆくも
さはやかな 風そよわたる秋の街 セルの裾さばき快くゆくも
第93回短歌詠草
    「明光」 99号 S 9.11. 1    神 国
かむながら かみのみくにのとうとさを とつくにびとしらさまほしき
惟神 神の御国の尊さを 外国人に知らさまほしき
    「明光」 99号 S 9.11. 1    神 国
かしこくも わがひのもとはばんぽうに たぐいもあらぬかみしろすくに
畏くも 我日の本は万邦に たぐひもあらぬ神知ろす国
    「明光」 99号 S 9.11. 1    神 国
おおもとの みおしえひらけてしんこくの とうときいわれよにしられけり
大本の 神教ひらけて神国の 尊きいはれ世に知られけり
    「明光」 99号 S 9.11. 1    雑 詠
しらくもの わくかとみればおおふじの みねはみるみるつつまれにけり
白雲の 湧くかと見れば大不二の 嶺はみるみる包まれにけり
    「明光」 99号 S 9.11. 1    雑 詠
くものみね きょうもくずおれぬたそがれの どようなかばのおきのしずけさ
雲の峯 今日もくづほれぬ黄昏の 土用なかばの沖の静けさ
    「明光」 99号 S 9.11. 1    雑 詠
からまつの みどりつづきしこうげんの すえほのじろくみずうみのみゆ
落葉松の 緑つづきし高原の 末ほの白く湖の見ゆ
第94回短歌詠草
    「明光」100号 S 9.12. 1    花 火
つまやこら はなびみにやりわれひとり はろけきそらをおりおりみるも
妻や子ら 花火見にやり吾一人 はろけき空を折々見るも
    「明光」100号 S 9.12. 1    花 火
いくまんの ひとのおもてのあかるみつ しかけはなびにひのうつりゆくも
幾万の 人の面の明るみつ 仕掛花火に火のうつりゆくも
    「明光」100号 S 9.12. 1    花 火
おおえどの むかしもかくやとりょうごくの はなびのよいのかわもをみつつ
大江戸の 昔もかくやと両国の 花火の宵の川面を見つつ
    「明光」100号 S 9.12. 1    雑 詠
はぎのはに きらめくつゆをこぼしつつ おりおりすぐるよかぜありけり
萩の葉に きらめく露をこぼしつつ 折々すぐる夜風ありけり